日常、娯楽、愛──人生を彩る様々な歓び
第3章「日々を重ねる」では、普仏戦争やパリ・コミューンという激動の時代を経て、芸術家たちが穏やかな日常に再び目を向けた作品が紹介される。モネ《パリ、モントルグイユ通り、1878年6月30日の祝祭》(1878)には、万国博覧会の開催を祝う無数の人々と三色旗が街を埋め尽くす様子が描かれ、細かな筆触によって都市全体を包む祝祭の熱気が表現されている。いっぽう、ルノワール《読書する人》(1874-76頃)では、陽光のもとで静かに読書にふける女性の姿が描かれ、19世紀後半に市民生活へ浸透した読書文化を背景に、穏やかな時間の流れが映し出される。


第4章では、サーカスや劇場、キャバレー、舞踏会など、人々が夜の時間を楽しんだ娯楽文化に焦点を当てる。なかでも印象的なのが、本展のメインビジュアルにも採用されたルイ・アンクタン《アンリ・サマリー》(1890頃)だ。描かれているのは、コメディ・フランセーズで人気を博した俳優アンリ・サマリー。大橋は、やや上がった口角とシルクハットによって生まれるユーモラスな表情や、影を排した平面的な画面構成に日本美術の影響が見られることを紹介した。

第5章では、人生における様々な「愛」のかたちに光を当てる。親子や家族、友人、恋人との関係など、人と人とのつながりを描いた作品を通して、日々の暮らしを支える感情の豊かさを見つめ直す構成となっている。特別な出来事ではなく、ごく身近な他者との時間こそが「いまを生きる歓び」を支えていることを、19世紀の芸術家たちは静かに描き出している。

そして展覧会の最後を飾るエピローグには、フィンセント・ファン・ゴッホ《星月夜》が展示される。本作は16年ぶりの来日となる本展屈指の見どころのひとつだ。1888年、南仏アルルへ移ったゴッホは夜の風景に魅了され、本作ではローヌ川に映る街の灯や満天の星空を、鮮やかな色彩と力強い筆致で描き出した。実景をそのまま再現したものではないが、ゴッホ自身が弟テオに「夜は昼間よりも色彩が豊かだ」と書き送ったように、現実を超えて輝く夜の世界が表現されている。
大橋は、本展を「帰り道でふと目にした景色に目を留めるきっかけになるような展覧会」と位置づける。オルセー美術館の約110点の作品が織りなす「いまを生きる歓び」は、19世紀の芸術家たちのまなざしをたどると同時に、現代を生きる私たち自身の日常を見つめ直す機会にもなるだろう。



















