一枚の布は、どこまで未来を変えられるのか。132 5. ISSEY MIYAKEが追い続ける「折り」の思想

折りたたむことで平面になり、広げると立体となる独創的な衣服で人々を魅了するブランド「132 5. ISSEY MIYAKE」。同ブランドは、アルゴリズムを用いた折り構造と、再生素材を使用してものづくりを行っている。最新の研究ではブランドの原点に立ち返るとともに、さらなる飛躍と機能性の強化を図った。そのクリエイションはどのように生まれ、発展を続けていくのか。「132 5. ISSEY MIYAKE」の中核を担うデザインチームに、ブランドのフィロソフィーと最新のものづくりについて話を聞いた。

取材・文=浦島茂世

基本の折り構造のひとつである「No. 1」を発展させたシリーズ。螺旋状に折りたたむことができる四角錐の構造が特徴的である アイテム:トップ 8万2500円、ドレス 13万2000円 カラー:BLACK×SILVER、WHITE×SILVER(トップのみ)

132 5. ISSEY MIYAKEのなりたち:デザインの力で社会に貢献する

 「132 5. ISSEY MIYAKE」の起源は2007年まで遡る。国際的に活躍していたデザイナー・三宅一生(1938〜2022)は「デザインの力で社会に貢献したい」との思いから、三宅デザイン事務所に所属する若手から熟練者まで少人数のメンバーを集め、「Realiy Lab. (リアリティ・ラボ)」を立ち上げた。

 「リアリティ・ラボ」は、地球環境や資源の問題を解決する衣服の可能性、そして全国各地のものづくりの現場が抱える課題を探るため、広範なリサーチやクリエイションを行う組織だ。「『ものをつくることには責任が伴う。つくりっぱなしになってはいけない、 きちんと社会の課題に向き合う必要がある。』と、三宅はつねに言っていました」と、リアリティ・ラボの発足時から携わっていたデザインチームの一員は語る。

「No. 10」の構造を横向きにすることで、左右の袖口に箔が広がるような設計となっている アイテム:トップ 7万7000円、羽おり 13万2000円 カラー:BLACK×SILVER、 WHITE×SILVER

 リアリティ・ラボのリサーチは、一般的なアパレルブランドの枠組みを大きく超えるものだった。天然繊維や化学繊維、日本各地の機屋の現状に至るまで、調査対象を限定することなく、ありとあらゆる分野をリサーチする。

 そして2010年、リアリティ・ラボの研究開発から新しいブランド「132 5. ISSEY MIYAKE」が誕生した。

「折り」の魔法と飽くなき探求:平面と立体のあいだを旅する衣服

 「132 5. ISSEY MIYAKE」の最大の特徴は「折り」と「素材」だ。リアリティ・ラボは様々なリサーチの過程で、コンピュータサイエンティストであり一枚の紙から複雑な立体造形をつくり出すソフトウェアを開発していた、筑波大学教授の三谷純氏と出会ったのだ。 一枚の紙から複雑な立体模型を生成するその理論は、三宅が長年追求してきた「一枚の布」という思想と符合した。

 そして、一枚の布(1次元)から3次元の立体造形をつくり出し、折りたたむことで平面の2次元に、装うことで時間や次元を超えた5次元の存在になる。132 5.というブランド名にはそのような思いが込められている。

一枚の紙からつくり出された幾何学的な立体造形 撮影:稲葉真

 デザインチームは、三谷氏の「立体造形」の考え方をベースに、服づくりに取り組み始めた。とはいうものの、紙のうえでの理論を実際のしなやかな布を用いて衣服として成立させる道のりは困難を極めた。立体の状態で折り目を保持するための熱加工を施すことが技術的に非常に難しかったためだ。試行錯誤のさなか、立体的に作成した服を電熱プレス機(布に圧力と熱を同時にかける機械)に試験的に入れてみたところ、立体のかたちは潰れてしまったものの、立体のときとはまた違う折り線が入ることで平面のかたちへと変化していた。この「半ば偶然」(デザインチーム)の発見から、服づくりは「平面に折りたためる構造」へ転換、曲線が用いられた展開図を直線化し、折りたたみ可能な構造へと変換する緻密な作業が行われ、ついには平面に折りたたむことができる折り構造が10パターン(No. 1〜No. 10)完成した。

 132 5. ISSEY MIYAKEの服は、基本的にこの折り構造からつくり出される。「折り構造を使った服づくりはパソコン上でシミュレーションしたら簡単に制作できると思われる方もいらっしゃるかもしれません。けれども、同じ折り構造であってもステッチを入れる場所、布自身の重さや長さなどで服の雰囲気は大きく変わってきます。人体に着せてみて初めて『ここから頭を出せばこちらが袖になる』『布を10パーセント大きくしよう』とわかることも多いんです。なので、試作品をつくり続け、一着ごとに布の動きやかたちを見ながらかたちを決めていっています」(デザインチーム)。

 ブランド立ち上げ当初に10種類だった折り構造は、現在はNo. 17にまで拡張されている。「新しい折り構造を考えるため、チーム全体で時間があればひたすら紙を折っています。何も知らない人が私たちの部屋を覗いたらびっくりするかもしれません(笑)」。

現在は17種類に拡張されている様々な折り構造 撮影:稲葉真

「素材」への執念:再生繊維を日常の美しき衣服へ昇華する

 そして、もうひとつのアイデンティティが素材だ。リサーチの過程で、リアリティ・ラボは帝人ファイバーの「エコサークル」というシステムからつくられる再生ポリエステル繊維と出会う。これは、回収・粉砕したポリエステル衣料などを原料とし、高純度の再生ポリエステル糸に戻すという循環型のシステムだ。これをきっかけにリアリティ・ラボは何度でも再生することができる再生ポリエステル繊維に可能性を見出す。肌なじみが良い衣服に適した生地にするため、そして折り線をしっかりと保持できる強度を確保するため、リアリティ・ラボは国内の製織会社や染織会社と精力的に試作を重ね、現在使用しているペットボトル由来の再生ポリエステル繊維にたどり着いた。

リアリティ・ラボが製織会社と精力的に試作を重ねた生地 撮影:稲葉真

 「糸の撚り方、生地の厚み、軽さを徹底的に検証して理想的な生地を開発しました。完成までには様々な問題に直面し、丁度良い厚みの生地ができても、折り線が綺麗に出なかったり、肌なじみがよくなかったり。ひとつずつクリアして試作を繰り返しました。 最終的に家庭でケアができ、かつ人が直接着ても、洗っても、まったく問題のない柔らかさを持ちながら、折り線が消えない生地が完成しました」(デザインチーム)。

 サステナブルという概念が広く認知される前から、132 5. ISSEY MIYAKEのチームは環境への配慮と衣服としての美しさ、実用性を高次元で融合させることに心血を注いでいた。 彼らの考え方に共感するブランドのファンは多い。

「すべて国産」が意味するもの:日本のものづくりへの責任と共闘

 そして、132 5. ISSEY MIYAKEの衣服は、その素材の製造から加工に至るまで、すべて日本の工場で行われている。再生ポリエステル繊維は福井で織られ、石川で染められ、宮城や山形で縫製され、そして大阪で特徴的な箔加工が施される。ひとつの衣服が完成するまでに日本各地を転々としているのだ。1ヶ所ですべてを完結させるワンストップ型の生産が主流となる現代において、稀有な生産体制だ。

再生ポリエステルの糸は、福井で織られ、石川で染められ、宮城や山形で縫製され、そして大阪で特徴的な箔加工が施される 撮影:稲葉真

 「すべてを国産で、各地を回って完成させることで、日本のものづくりの技術力の高さを世界にアピールすることができます。しかしそれ以上に、我々が様々な工場の力を借り、仕事を依頼することで、その地域に根付いたものづくりの技術、そして産業を守っていきたい。ともに歩んでいけると願っています」(デザインチーム)。

 132 5. ISSEY MIYAKEの服は、最先端のデザインであると同時に、日本のものづくりの真髄も垣間見せてくれるのだ。

原点回帰と未知なる洗練:最新のものづくりについて

 7月から各月で発売されていくシリーズにおいて、132 5. ISSEY MIYAKEは色数、そしてアイテム数も絞り込む方針を取った。「ブランドがスタートして16年経過し、チームメンバーの世代交代も進んできました。リサーチ精神とものづくりの哲学を継承しながら次の段階へ進んでいくために、あらためて一つひとつのプロダクトに対して時間をかけ、自分たちが見えていない可能性を追求しようとしています」(デザインチーム)。

 衣服のかたちそのものの魅力と、平面・立体との関係性を明確に伝えるため、今回のプロダクトは黒と白のみで構成されている。

黒と白のみに絞り、衣服のかたちそのものの魅力と、平面・立体との関係性を明確に伝えるシリーズ 撮影:稲葉真

 これからの132 5. ISSEY MIYAKEについて、デザインチームは熱を込めて語る。「コロナが明けて人々が世界中を移動するようになり、特別な服が必要とされています。ロングドレスを充実させた132 5. ISSEY MIYAKEの店に行けば、どんなオケージョンにも対応できる一番特別なシリーズが揃っている、という状態をつくりたかったのです。そのために、色を引き算して黒にすることでかたちの魅力をダイレクトに伝え、丈の問題もエンジニアの視点で徹底的に向き合って解決しました。展示会で黒と白のみを発表した際は、皆が一瞬驚きましたが、それにより平面と立体の関係性の魅力がより強く伝わりました。ワンサイズ展開だからこそ、より多様な体型の方が美しく着られるように、襟周りのボリュームやサイズ感の細部に至るまで、仮縫いを重ねていちから見直しています」(デザインチーム)。

 「132 5. ISSEY MIYAKEの服は、平面から立体へと変化する驚きに加え、箔加工の美しさもポイントです。ジュエリーのような輝きを放ち、一枚纏うだけで圧倒的な存在感を示すポテンシャルを秘めています」(デザインチーム)。

 今シーズンの核となるのは、ブランドの原点でもある「No. 1」「No. 3」「No. 10」の3つの折り構造からなる服だ。

【No. 1】

基本の折り構造のひとつである「No. 1」を発展させたシリーズ。錐のかたちを生かし、裾に向かって広がるようなシルエットに仕上げられている アイテム:ドレス 13万2000円 カラー:BLACK×SILVER

 螺旋状に折りたたむことができる四角錐の構造を持つNo. 1を発展させたシリーズ。今季は、この錐のかたちを活かし、裾に向かって美しく広がるロングドレスを展開する。留めの位置を増やして畳みやすさを向上させつつ、新たな陰影が生まれるよう計算し尽くされている。折りたたまれた状態で三角形状に転写された箔は着用すると斜線状に点在し、華やかさを加えている。

【No. 3】

2つの長方形を螺旋状に折りたたむ構造「No. 3」を展開させたシリーズ。細長で
シャープな折りが重なり合い、華やかな印象を与える アイテム:パンツ 13万7500円 カラー:BLACK×SILVER

 No. 3は2つの長方形を螺旋状に折りたたまれた構造。細長でシャープな折りが連続する構造は、装うことで折りが重なり合い、縦の美しいラインが際立つ。折りが重なり合う繊細かつ立体的な布に箔が散りばめられ、歩くたびに流麗な陰影が生まれる。

 【No. 10】

八角柱がそれぞれの段の回転方向を交互に変えながら平面になる構造「No. 10」を展開させたシリーズ。平面にたたんで箔加工を施すことで、着用時に箔が点在し陰影が生まれるのが印象的だ アイテム:トップ 7万7000円、羽おり 13万2000円 カラー:WHITE×SILVER、BLACK×SILVER

 No. 10は八角柱の各柱が、それぞれの段の回転方向を交互に変えながら折りたたまれている、極めて複雑な構造。羽おりのかたちではこの構造を横向きに展開し、襟元や袖口を中心に箔が広がるように設計されている。 

 なお、今季は平置きの幾何学的な美しさに加え、人が袖を通し、動いたときに初めて完成する衣服としての真の美しさを、ビジュアルを通してより多くの人に直感的に伝えている。「折りたたむことができて、軽い132 5. ISSEY MIYAKEの服は、持ち運びにも適しています。旅先のフォーマルな場面でも、きっと活躍するはずです」(デザインチーム)。

これからの展望:時間をかけたリサーチと多様性が生む未来

 「132 5. ISSEY MIYAKE」は、たんなるファッションブランドの枠に収まるものではない。チームは自らを、新しい可能性を追求するための「実験と挑戦の場」であると位置づけている。

 毎シーズン、テーマを決めて服をつくるのではなく、年単位でリサーチを行い、自分たちが納得するまで探求を続ける。少数精鋭のチームは、それぞれの個性や趣味、価値観の多様性をぶつけ合いながら、ひとつの正解が存在しない「一枚の布」の再解釈に挑み続けている。

8月7日、青山のフロム・ファースト・ビル内に旗艦店「132 5. ISSEY MIYAKE / AOYAMA」がオープンする

 8月7日には、青山のフロム・ファースト・ビル内に、旗艦店「132 5. ISSEY MIYAKE / AOYAMA」がオープンする。ブランドのものづくりを発信する場として構想された店内では、衣服を折りたたんだ平面の状態でガラスケースに展示。そこから実際に身につけることで立体へと変化する、132 5. ISSEY MIYAKEならではの構造を視覚的に伝える。ブランドが継承してきた「一枚の布」の思想と、そこから広がるものづくりの可能性を体感できる場となる。

少数精鋭のチームは、ひとつの正解が存在しない「一枚の布」の再解釈に挑み続けている 撮影:稲葉真

 今後のビジョンについて、デザインチームは静かなる自信と覚悟を見せる。「これまでのメンバーがつくってきたものを継承するのは当然ですが、もしいま、三宅がこの場にいたら『もっと進化できるだろう』と必ず助言するはずです。だからこそ、過去をなぞることだけで終わらない。今後も新しい素材の開発や、まだ見ぬ折りのリサーチ、最先端のテクノロジーとの融合など、私たちが知らない領域にまだまだ可能性があります。それらを時間をかけてやっていくことで、一枚の布の可能性はさらに果てしなく発展していくと信じています」。

 誰も見たことがない服をつくり続けること。それは、途方もない労力と執念を必要とする。しかし、折り畳まれた平面の布が持ち上げられ、ふわりと空気をはらんで立体のドレスへと変貌を遂げるその瞬間の、あの言葉にできない高揚感と驚き。その圧倒的な美しさを世界中に届けるため、132 5. ISSEY MIYAKEのデザインチームは、今日も静かに、そして熱狂的に、布と向き合い続けている。

編集部