菊池ビエンナーレは、陶芸の振興を目的に2004年から20年以上にわたって継続されている公募展だ。制作内容、応募者の年齢やキャリアなどに制限を設けていないことから、器形態からオブジェまで幅広い作風の作品が集まる。2025年に応募・選考が行われた第11回には、34の国と地域から過去最多となる452点が出品された。
画像審査と実物審査の2回の審査を経て選ばれた入選作は46点。そこから大賞1点、優秀賞1点、奨励賞3点が選出された。入選率・約1割の厳しい審査を経た入選作品は多彩で見応えがある。

菊池寛実記念 智美術館では現在、受賞作品を含むすべての入選作が展示されている。会場へ足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのが、大賞を受賞した中根楽《境界の思考》だ。静けさと確かな質量感を湛えるこの作品は、器のようでもあり、オブジェのようにも見える。まさに事物の境界線を漂っているかのような佇まいだ。
この作品はどのようにして生まれたのか。作者である中根楽(1995年滋賀県生まれ)に話を聞く機会を得た。
陶芸の「境界」を探る。大賞受賞者・中根楽インタビュー
──菊池ビエンナーレへの応募のきっかけは?
日用陶器からオブジェまで隔てなく制作していますが、公募展はオブジェを集中的に制作する機会としてとらえています。目標を定めて、それに向かっていく経験をしたいということと、その制作過程で新たに発見できることがあります。
菊池ビエンナーレについては、その動機だけではなくて、この公募展は現代の陶芸文化を記録するものだと認識していますので、入選すれば自分の作品がアーカイヴされると思いました。
──陶芸はどのように始められたのですか?
父が日常の器をつくる陶芸家だということもあって、もともと陶芸はごく身近な存在でした。京都の美術高校に入って陶芸を始め、訓練校に進んで技術を学び、ある先生のもとへ弟子入りしました。
先生が自宅にお客さんを招いて料理を振舞う際に、オブジェとして発表している作品を器として使われたんです。陶芸というのは、見方によってはオブジェにも器にもなり得る。そこに心地よい違和感や、日本の見立てる文化におもしろさを感じました。そうした境界にあるものに美を見出す視点に気がついたことが、今回の作品につながっています。

──受賞作《境界の思考》について詳しく教えてください。
オブジェと器のあいだに位置する形態の探求を軸にした作品です。そこに自然と人工、抽象と具象、偶然と必然といった対となる概念の境界を交錯させています。
弟子時代に見立ての文化に気づいたこともひとつですが、世界を旅するなかで、日本人の器に対する意識の高さや感性の鋭さに気がつきました。そして、日本の陶芸には実用とアートが混在し、それを許容する幅の広さや奥行きがあることを意識するようになりました。そこから「用途性を感じさせるオブジェ」という発想を得ています。
土の塊に窪みができるだけで、実際に用途はないのに、見る人の頭のなかでその意味を帯びていく。そのような「何か」と「何かでないもの」の認知の境界を問いかけ、その揺らぎのなかにひそむ美しさを形にしたいと思いました。
──器ではあり得ない大きさです。どのように制作されるのですか?
実物を見ると、大きくて驚かれるかもしれません。マケットをつくり、それをもとに大型化します。マケットは8センチメートル四方くらいの土の塊からつくります。それを手でちぎったり、伸ばしたりしながら形を探し、考えを整理していきます。作品のほうは紐づくりです。紐状にした土を積み上げていく方法で、この作品の場合は外側と内側を口部でつなげるので、中空の構造になります。

マケットは土が詰まった状態なのに作品は中空で、構造も違いますし、最終的にマケットに忠実な造形にもなりません。その点が彫刻的な発想とは違っていると思います。作品を中空にするのは、中空でないと無事に焼成できないという制作上の理由もありますが、中に空気を閉じ込める陶芸ならではの造形であることが重要だと考えているからです。土をコントロールして、土を積み上げていくけれど、その過程で思うに任せない部分や予想外のことが起きる。それもさらにコントロールに組み込みながら完成させる。結果的に想定とは違う部分も出てきますが、そのズレに陶芸の特性や魅力が現れると思います。

──「陶芸」という表現のおもしろさは、どこにあると感じますか?
まず、日本の陶芸にはアプローチの方向がたくさんあるということだと思います。歴史があり、伝統技法は多彩で、日用陶器もあれば、茶陶もあり、オブジェもある。衛生陶器や建築資材など産業として個人の制作とは異なる広がりもあります。そのため表現の幅は広く、また価値観や美意識も多様です。
そして、机上では形にならず、実際に制作しながら経験と知識を蓄積していくことが重要である点です。本に書いてある通りにやっても、自分の窯ではそうはならなかったり、実際にやってみないと分からないことがたくさんあります。とくに焼成の工程では、いったん窯に入れてしまえば、あとは炎に委ねるしかありません。だから実験を繰り返します。経験と知識を駆使してコントロールをしようとしますが、それでも想定外のことが起こる。しかし、そこに美が現れることもある。自分の意志を完全に貫けるわけではないところは陶芸の弱点かもしれませんが、おもしろさでもあると思います。
──ありがとうございます。最後に、中根さんの今後の活動予定や方針を教えてください。
日本の陶芸がもつ特性や日本人のもつ感覚を学んで、咀嚼して、自分の表現を深めていきたいと思います。いまは灯油窯で制作していますが、薪窯でやってみたり、等身大ほどの大物にも挑戦してみたいです。また、海外を旅することで日本をより知るきっかけにつながったように、土以外の素材を使ってみることで、陶芸を俯瞰できより理解が深まるのではないかと思っています。いまは自分の感覚を研ぐことに向き合っていき、そして、日本という土地で暮らす人たちが培ってきた感性を伝えられる制作ができればと思います。

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