「彼女たちのアボリジナル・アート」(アーティゾン美術館)に見る、オーストラリアの歴史と現代美術の現在地【2/8ページ】

──先住民のアートというと、もちろん伝統的な側面もあるけれど、その人たちもいまだに生き続けていて、文化を継承し続けていて、僕らと同じように変わり続けている。ですから、いまおっしゃられたように、伝統を重視しつつも、その人たちが継承し、変化してきたうえで生み出された“現在のかたち”をしっかり見せるという意図は非常に重要なことだと感じました。

 先ほど少しお話にもありましたが、 かつて日本では「アボリジニ」という呼び方が主流でしたから、「アボリジナル・アート」と聞くと、疑問に思われる来場者も多いかもしれません。今回この表現を用いた理由や、このように使われるようになった経緯についてさらに教えてください。

 まずは、日本でなぜ「アボリジニ」という言葉が主流だったのかですね。オーストラリア先住民の研究が1970〜80年代に本格的に始まった日本において、主に国立民族学博物館の研究者らが、日本語に訳す過程で名詞読みの「アボリジニ」を使用することにしたそうです。しかしオーストラリアでは、アボリジニという言葉は長らく差別的に使われてきた文脈があり、現在ではほとんど使われていません。かわりに形容詞の「アボリジナル」を用いて「アボリジナル・ピープル」や「アボリジナル・コミュニティ」「アボリジナル・アーティスト」など、より多様性を含んだ表現が主流となっています。もちろん日本で使用されるようになった名詞の「アボリジニ」には差別的な意図はありません。ただ本展のようにアボリジナルの人々を取り巻く社会背景についても考察する展覧会において、現地の歴史を考慮した言葉を使うほうがよいだろうと考え、形容詞ではありますが、今回は「アボリジナル」を用いています。

 加えて、今回の展覧会タイトルは「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」ですが、英題は「Echoes Unveiled: Art by First Nations Women from Australia」としています。これも現地に行くとわかるのですが、先住民という言葉を表すのに「アボリジナル」「インディジナス(Indigenous)」「ファースト・ネーションズ(First Nations)」という3つの言葉が混在して使われています。どの言葉を用いるのがよいのかを出展作家や現地のキュレーターたちと相談したのですが、そのときひとりの作家が、「アボリジナルという言葉もじつは西洋から持ち込まれて、私たちをアボリジナルと呼ぶように定義づけられたのだ」と。「でもファースト・ネーションズという言葉には、最初にコミュニティを築いた人たち、という意味があるからファースト・ネーションズが私はよいと思う」と教えてくださいました。それは私にとっても大きな気づきでもありましたし、そのことから英題にはファースト・ネーションズを用いることに決めました。

 そこからさらに、“Australia First Nations”というふうに、英題のどこにオーストラリアと入れたらいいのかと考えたときに、現地のキュレーターのひとりが「脱植民地化を実践するにあたって、オーストラリアは先には来ない」「まずファースト・ネーションがあって、そのあとにオーストラリアというものがつくられた」と。そのキュレーターがタイトルなどをつける際は、必ず「ファースト・ネーションズ アーティスト」が先にきて、“from Australia”や“in Australia”などを後につける、という話を聞いて、なるほどと腑に落ちました。脱植民地化を掲げるにあたって、言葉の使い方もその一部として意識されるのだというのを知り、“First Nations Women from Australia”としたという経緯がありました。

展示風景より、ノンギルンガ・マラウィリによる作品群

編集部