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アボリジナルアートの認知度をいかに高めるか? オーストラリアの美術館の事例から

オーストラリアのアボリジナルおよびトレス海峡諸島民美術(アボリジナルアート)を数多く収蔵しているシドニーのニュー・サウス・ウェールズ州立美術館。先住民芸術の普及や展示において重要な役割を担っている同館の事例から、その必要性や方法論を考察する。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館「イリバナ・ギャラリー」の展示風景より Photo © Art Gallery of New South Wales, Zan Wimberley

 東京〜シドニー間、カンタス航空の機内安全ヴィデオの最後には、次のような言葉が記載されている。

私たちは、私たちが働き、生活し、飛行する土地の伝統的な管理者に敬意を表します。私たちは、過去、現在、そして未来の長老たちに敬意を表します。

 「アクノレッジメント・オブ・カントリー」と呼ばれるこの挨拶は、オーストラリアという国と、その先住民とのつながりを強調し、同国の大地、海、水の伝統的所有者であるアボリジナルおよびトレス海峡諸島の人々に敬意を表すためのものだ。同国の航空機機内から文化施設の会場やウェブサイト、パフォーマンスやイベントの冒頭、メールの署名に至るまで、日常のあらゆるシーンにおいて、このような挨拶を目の当たりにすることができる。

 こうしたアクノレッジメントの意義について、シドニーのニュー・サウス・ウェールズ州立美術館(Art Gallery of New South Wales、以下AGNSW)でアボリジナルおよびトレス海峡諸島民美術を担当する学芸員のカラ・ピンチベック(Cara Pinchbeck)は、「これ自体が本当に重要なことであることだけでなく、この国が西洋的な意味での所有権を持たない人たちのものであることを重要なこととして受け入れようという認識の高まりにもつながっています」と語る。

時代の変化を反映するアボリジナルアートのコレクション

 昨年12月にSANAAの設計による新館をオープンさせたAGNSW。同館はアボリジナルおよびトレス海峡諸島民美術(以下、アボリジナルアート)の作品を数多く収蔵しており、これまで同芸術形式の普及や展示、保存において重要な役割を担ってきた。

ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館の新館
Photo © Iwan Baan

 ここで、アボリジナルアートについて少し紹介しておきたい。アボリジナルアートとは、絵画、織物、彫刻、物語など、オーストラリアの先住民が制作する/したアートを指す。何万年も前から受け継がれており、先住民コミュニティの土地や信念、文化的慣習に深く関わっているとされる。

 この種の芸術作品は、豊かな色彩や大胆な模様、象徴的なイメージを用いるのが特徴で、土や植物など自然の素材を使用することが多い。オーストラリア中央部の砂漠地帯で生まれた、点を使って複雑なデザインや模様を描くドットペインティングは、その代表例のひとつ。また、オーストラリア北部のアーティストたちによって生み出された、ユーカリの樹皮に絵を描く樹皮画も広く知られている。

ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館「イリバナ・ギャラリー」の展示風景より Photo © Art Gallery of New South Wales, Zan Wimberley

 AGNSWがアボリジナルアートを積極的に収集し始めたのは1950年代後半のこと。当時、同館の後援者のひとりであるスチュアート・スクーガル博士(Dr・Stuart Scougall)と元副館長であるトニー・タクソン(Tony Tuckson)はオーストラリア北部のアーネム・ランドに遠征し、そこで目にしたアボリジナルアートに魅了され、作品を収集。集めた作品の一部は同館のコレクションとなり、ほかの作品はのちにスクーガルによって同館に寄贈されたという。

 1984年、同館はオーストラリアでは初めてのアボリジナルおよびトレス海峡諸島民のキュレーターとしてジョン・ムンディン(Djon Mundine)を任命し、94年にはアボリジナルアートを紹介するための展示室「イリバナ・ギャラリー」(Yiribana Gallery、「Yiribana」はシドニーで使われている言語で「this way」を意味する)をオープンさせた。以降、先住民アーティスト、コミュニティ、アートセンターと密接に協力しながら、重要な作品を購入し、アボリジナルアートの包括的なコレクションの構築に力を注ぎ続けている。

 同館のアボリジナルアートコレクションは、同国の美術界の変化を反映しながら、長年にわたって進化を遂げてきた。当初、人類学コレクションのための民族誌的な収集に重点を置いていたが、現在は、現代のアボリジナルアーティストによる作品も収集するようになっている。

 ピンチベックの論考(*1)によれば、94年のイリバナ・ギャラリー開館まで、同館のアボリジナルアートの展示は「トライバル」または「プリミティブ・アート」として分類されており、初期のコレクション番号には「プリミティブ」を意味する「P」が付されていたという。

 アボリジナルおよびトレス海峡諸島民のスタッフが就任したことは、「時代遅れの社会的態度を打ち消し、先住民や彼らに関する知識を重視する別の視点を奨励する」効果をもたらしたとしている。また、ギャラリーの名称を「Yiribana」としたことは、「先住民たちが『現代の』オーストラリアから切り離された遠い過去にいるという『原始的』な考え方に対抗し、美術館が立つ土地とガディガル民族(編集部注:シドニーに伝統的な土地を持つ先住民のグループ)の継続的なつながりを尊重する意志の表れである」という。

ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館「イリバナ・ギャラリー」の展示風景より、手前はグレース・リリアン・リー「Belonging」シリーズ(2021–22)
Photo © Art Gallery of New South Wales, Zan Wimberley

充実した展示・教育プログラム

 作品の収集だけでなく、AGNSWは展示方法にも力を注いでいる。同館は、本館の最下層にあったイリバナ・ギャラリーを新館のエントランス階に移転させることで、より多くの人々にアボリジナルアートについて学ぶ機会を提供することとなった。また、本館では展示作品の入れ替えを行い、とくにアボリジナルアーティストの作品展示スペースを増やすことを意識しているという。

 リニューアル後のイリバナ・ギャラリーでは現在、シドニー語で「私の手を握って、私を助けて」を意味する「バーバンガナ(burbangana)」をテーマにした展覧会が開催されており、新たな収蔵作品やプロジェクトを含む160点以上の作品が展示されている。

 例えば、新館のエントランス・プラザに面した壁面では、ロレイン・コネリー=ノーティー(Lorraine Connelly-Northey)が新館のために制作した《Narrbong-galang (many bags)》(2022)が展示されている。錆びた金属や廃品を用いた10点からなる彫刻シリーズは、同国南東部の先住民族の文化的慣習を称えるものだ。また、ワナパティ・ユヌピゥ(Wanapati Yunupiŋu)らは、古い道路標識などの廃材に丁寧に彫刻を施し、精巧な作品に生まれ変わらせた。

ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館「イリバナ・ギャラリー」の展示風景より、ロレイン・コネリー=ノーティー《Narrbong-galang (many bags)》(2022)
© Lorraine Connelly-Northey. Photo © Art Gallery of New South Wales, Zan Wimberley
ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館「イリバナ・ギャラリー」の展示風景より、左と中央はワナパティ・ユヌピゥの作品
Photo © Art Gallery of New South Wales, Zan Wimberley

 アーティストでデザイナーのグレース・リリアン・リー(Grace Lillian Lee)は、メリアム・メール民族の女性として自身の文化的血統を称えることを探求し続け、織物を用いたインスタレーションを発表。イルワンティ・ケン(Iluwanti Ken)は、母なる鷲の狩りの物語を描いたインク絵の新作を展示しており、アナング民族の女性による子育ての物語を伝えている。

 これらの作品に加え、写真やインスタレーションなどの作品も充実させることで、先住民の文化的慣習や信念に光を当てながら、その芸術と文化に対する認識、理解の促進を図っている。

 展覧会の企画だけでなく、同館は「ラーニング&パーティシペーション」という部門を立ち上げ、学校団体やファミリー、一般市民を対象にしたパブリック・プログラム、教育プログラム、ワークショップの開催に取り組んでいる。館内では、アボリジナルおよびトレス海峡諸島民のスタッフが毎日無料でコレクションを案内するガイドツアーを行っており、鑑賞者との会話を深めながら、館内での先住民の声と存在感を高めることを目指している。

ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館「イリバナ・ギャラリー」の展示風景より Photo © Art Gallery of New South Wales, Zan Wimberley

 また、保存修復チームにはアボリジナルや先住民のための特別な役職もある。ピンチベックによれば、アボリジナル保存修復師は作品を保存するだけでなく、どのように作品をケアし、作品に関するコミュニティやアーティストとの関係を維持・構築するかを意識的に考えるポジションであるという。そのほか、先住民のアーキビストもアーカイヴや図書館が所蔵する資料に対して先住民の視点を取り入れているという。

「尊敬する」「変化を恐れない」ことの重要性

 日本でも、先住民族の芸術と文化に焦点を当てた展覧会が開催されることがあるが、ピンチベックは、先住民族の芸術に対する認識と評価を高めるために重要なこととして、次のように話す。

 「もっとも重要なのは、尊敬の念を抱くことです。先住民族の知識、文化、そして彼らの存在自体を認め、大切にすることで、先住民族が大切にされているとという認識が社会に広がり、彼らに関する知識が評価されるようになる。そして、それが芸術や演劇、パフォーマンスなどへとつながっていくと思います」。

 冒頭で書いたように、まず先住民コミュニティとその文化遺産を認識し、尊重することが必要となる。そのうえで、先住民のコミュニティや組織と協力して異なるコミュニティ間の文化交流を促進し、美術館・博物館において先住民族の芸術品・文化財を収蔵・保存したり、展覧会や教育など文化交流プログラムを開催することにより、先住民族の芸術に対する認知度や評価を高めることができるだろう。

 ピンチベックはこう続ける。「物事が変化することを恐れる気持ちも理解できますが、私たちの美術館で行っていることを通して、あるいはもっと広い範囲で、変化には価値があることを理解してもらえればと願っています。変化を起こすことは、緊張や恐れよりも得るものが大きいのだから」。

*1──マイケル・ブランド編『The Sydney Modern Project: Transforming the Art Gallery of New South Wales』(Art Gallery of New South Wales、2022)よりカラ・ピンチベック「Yiribana ... this way」p.88-105 

ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館「イリバナ・ギャラリー」の展示風景より Photo © Art Gallery of New South Wales, Zan Wimberley

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