分断される観客と、対話の可能性
──おふたりとも国内外で多くの展覧会を経験されています。観客との交流や、作品に対する反応が、その後の制作に影響を与えたことはありますか。
ルオ・ヤン 撮り始めた当初は、アーティストになるとか展覧会をするとか、まったく考えていませんでした。ただ純粋に表現したかっただけです。インターネット上で写真を発表すると、「あなたの作品が好きだ」と言ってくれる人がいる。そうした反応は制作を続ける原動力であり、世界や他者と関わるひとつの方法でもありました。展覧会の会場で、観客が自分自身の経験や物語を話してくれることもあります。そうした交流は、アーティストにとっても大切なものです。
ワン・トゥオ ポジティブな反応には励まされます。ただ、いま中国でも世界全体でも、観客はそれぞれ孤立したコミュニティに分かれつつあると感じています。人々はそれぞれのコミュニティに集まり、ある種の美意識やイデオロギーを共有していて、異なるコミュニティのあいだでは交流が生まれにくくなっています。
私の経験では、もっとも有意義な思考や議論が生まれるのは、スタジオでの非公開上映会のような、ごく私的な場です。例えば、思想史を研究する学者のなかには、美術に対する理解が絵画、ときには社会主義リアリズム絵画の段階にとどまっている人もいます。それでも作品を見たあとに、思いがけない発見があったと言ってくれるのです。

アーティストの制作は理論や研究に支えられていますが、作品そのものには、理論だけでは捉えきれないものも必要です。理論家が普段使っている思考の枠組みにはないものに触れることで、新たな視点が開かれる。「歴史はこんなふうに見ることもできるのか」と気づくのです。
芸術はしばしば思想史の図解のように扱われてきました。けれども、芸術には、それ自体が思想史の一部となり、新たな思考を生み出す可能性があります。すぐに幅広い観客に届かなくても構いません。多くの思想的な潮流がそうであったように、最初は一部の人が問題に気づき、そこから議論が広がっていくのです。
──いっぽう、作品に対する否定的な評価や批判については、どのように受け止めていますか。
ワン・トゥオ 「歴史虚無主義」といったレッテルを貼られることはよくあります。けれども、異なる立場の人たちが同じテーブルについて議論できるのであれば、それ自体は良いことだと思います。批評家や同業者が真剣に問題を指摘してくれて、その意見に納得できれば改善できますし、議論を通して自分の考えがより明確になるのであれば、それも有意義です。
むしろ良くないのは、誰も作品について真剣に考えず、互いを褒め合うだけの環境です。あるいは、異なるコミュニティが共通の知識や議論の基盤を持たないまま、対立しているような状況です。
それぞれの現在地と、次なる問い
──最後に、今後の制作や新たなプロジェクトについてお聞かせください。
ルオ・ヤン この2年はヨーロッパで暮らし、今年はアメリカのプロジェクトにも参加しました。今後も東洋と西洋を行き来しながら、「Diaspora Birds」の制作も続けていきたいと思います。

個人的なことで言えば、40歳を過ぎて人生の新しい段階に入り、様々な変化を経験しています。自分の意志で多くのことをコントロールできると思っていても、身体の変化によって、世界や自分自身の見方が変わってしまうことがあります。
だから次のプロジェクトも、やはり女性に関わるものになると思います。とくに関心があるのは、中年期を迎えた女性たちの生き方です。母になることかもしれないし、自分自身や両親、パートナー、子供との関係など、様々な親密な関係を扱うことになるかもしれません。
親が病気になったり、子供が生まれたりするなかで、人生は幼い頃に思い描いたものとは違うかたちになっていきます。日々の生活に深く関わり、葛藤しながらも自分自身を保ち、様々な役割や状態のあいだでバランスをとらなければなりません。中年期とは、とても複雑な時期なのだと思います。
ワン・トゥオ 私も新しいプロジェクトに取り組んでいます。先ほどの「身体化」の話とも関わりますが、これまでとは少し逆の方向から制作を進めようとしています。
私は以前から思想史に関心があり、左翼理論にはいま、新たな突破口が必要なのではないかと考えてきました。ジェンダー、人種、階級をめぐる批判理論と共通する問題意識を持ちながら、現代社会の様々な矛盾のなかに新たな共通認識を見出し、人々を再び結びつけるような批判理論はありうるのでしょうか。従来の批判理論が持っていた、人々を結びつける力は、いま様々な変化にさらされ、現実社会における有効性を失いつつあると感じています。

そして、そうした新しい批判理論は、きわめて身体的な経験から生まれるのではないかと考えています。政治が生まれる場所は、私たちの日常生活のもっとも小さな単位にあるのです。例えば、両親との口論は、自分の主体性を取り戻そうとする行為かもしれません。友人との議論や、店の主人との何気ないやりとりもそうです。こうした個人的な経験のなかにある要求こそが、もっとも根源的な政治的要求であり、やがて社会全体の政治的要求へと広がっていくのです。
新作には、身体に欠損のある人物たちが登場します。彼らは同時に、記憶や歴史にも欠落も抱えています。そして、目に見える身体の欠損と、目に見えない歴史的記憶の欠落が、じつは同じひとつの欠落なのだと、次第に気づいていきます。それが、新たな批判理論の出発点になるかもしれません。つまり、ここでもまた、身体という問題に立ち返ることになるのです。
──ワン・トゥオさんの制作において、故郷である東北部での経験は、いまも重要な位置を占めているように思います。それは故郷に対する感情から生まれるものなのでしょうか。それとも、海外での生活を経て得た視点から、故郷を捉え直す試みなのでしょうか。
ワン・トゥオ それはむしろ、影や亡霊のように、つねに自分つきまとっているものです。子供の頃に家で起きたこと、この街に伝わる都市伝説、自分が遭遇した出来事。そうした記憶は消えることなく残り続け、現実に対して抱く疑問や葛藤と結びついています。私は作品をつくることで、その複雑に絡み合ったものを解きほぐしたいのです。
だから、それは単純なノスタルジーではありません。いまの自分をとらえて離さないものが、過去の経験に由来しているということなのです。
そして後になって、自分だけの経験でも、長春の人々だけが抱える問題でもないことに気づきました。中国全体、さらには東アジア全体にも通じる感覚なのです。

歴史のなかで解決されずに残された問題があります。それらは語られることのないまま、やがて個人の性格や感情のなかに入り込み、歴史とは無関係な、きわめて個人的な問題であるかのように細分化されていきます。
例えば東北部では、かつて路上で見知らぬ人が突然暴力を振るうような事件が起きていました。子供だった私にとって、それは心に影を落とす経験でした。しかし、その暴力の背景をたどっていくと、1990年代の中国における経済体制の転換や、改革開放後の社会変動へと行き着きます。それは日本や韓国も経験してきた社会の変化と、無関係ではありません。
けれども、そうした歴史的な問題が個人のなかに入り込むと、あくまでその人自身の、きわめて個人的な体験として現れるのです。
ルオ・ヤン 東アジアというものを理解するには、ひとつの言葉や概念から出発するのではなく、自分自身のなかにある、とても小さな経験から少しずつ視野を広げていくことが大切なのではないかと思います。
対談の終わりに、話題は近年注目を集める「東北文芸復興」へと移った。班宇(バン・ユ)や双雪涛(シュアン・シュエタオ)ら、中国東北部出身の作家たちによる文学の動きである。ワン・トゥオは、彼らの作品に深く共鳴するいっぽう、自身とは「注目する側面が違う」と語った。ルオ・ヤンは、東北部についてこれほど深く語り合える相手にはめったに出会わないと話し、こう続けた。「でも実際、私たちは東北人で、すでに多くのものを自分のなかに抱えているのです」。
この対話そのものが、展覧会タイトルである「デュエット」の意味を体現しているのかもしれない。日本の鑑賞者にとって、2人の作品が示すのは、「中国の現代美術」という大きなくくりでは捉えきれない、同じ土地から出発したふたつの異なる視点だ。そしてワン・トゥオが語ったように、一見ささやかな問いであっても、それをたどっていくことで、それまで見えていなかった歴史や社会の複雑なつながりが浮かび上がってくるのだろう。



















