ふたつの表現が交わる場所
東京都写真美術館で開催中の「デュエット――アジアン・コンテンポラリー」は、2018年に同館で開催された「愛について アジアン・コンテンポラリー」に続く、アジアの写真家を紹介するシリーズの第2弾となる展覧会だ。本展は、同館と中国・厦門にある三影堂撮影芸術中心エグゼクティブ・ディレクター、滕青云(テン・チンユン)との共同企画により、日本と中国のアーティスト6名が参加している。
「デュエット」とは本来、2人で奏でる音楽形式を指す。異なる声部が互いに応答しながら、ひとつの表現をつくり上げる。視点も背景も、制作された時代も異なる作品が同じ空間に並ぶとき、そこにどのような響き合いが生まれるのか。本展のキュレーターを務める滕青云(テン・チンユン)は、「デュエット」という言葉を通じて、こうした問いを投げかけている。
参加作家のうち、ワン・トゥオ(王拓)とルオ・ヤン(罗洋)は、ともに1984年生まれで、中国東北部で育った。ワンは映像、ルオは写真を主な表現媒体としている。日本の公立美術館での展示は、両者にとって本展が初めてとなる。

ワン・トゥオが出品するのは、映像連作「The Northeast Tetralogy(東北四部作)」のうち、《Smoke and Fire(烟火)》(2018)と《Tungus(通古斯)》(2021)の2作品だ。2017年に着手されたこの連作は、中国東北部を起点に、歴史的出来事や現代社会の事件、民間伝承などを再構成し、時空を超えて結びつけることで、この土地に刻まれた近現代中国の歴史の断層を浮かび上がらせる。
いっぽう、ルオ・ヤンは2007年から続く「Girls」シリーズを出品。同世代の女性たちをフィルムで撮影してきたこのポートレートシリーズによって、彼女は国際的な注目を集めた。その後、1990年代後半から2000年代生まれの中国の若者を被写体にした「Youth」(2019〜)に取り組み始め、2024年には欧州などに暮らすアジア系移民の経験を記録した「Diaspora Birds」を発表している。

中国東北部という、共通の出発点
──おふたりはともに中国東北部で育ちました。まずそれぞれの生い立ちと、現在の制作活動を始めたきっかけについてお聞かせください。
ワン・トゥオ 私は吉林省の長春で生まれ育ち、大学も地元で卒業しました。長春を離れたのは美術を学び始めてからで、その後数年間は海外にいました。帰国のきっかけのひとつが、東北部に戻って故郷をテーマにした作品をつくりたいという思いでした。2017年頃に帰国し、それ以来、東北部に関わる作品を制作しています。

ルオ・ヤン 私は1980年代生まれ、中国東北部の小さな町で育ちました。大学では魯迅美術学院のグラフィックデザイン学科に進学し、2年生のときに写真を撮り始めました。当時は自分のカメラも持っておらず、先生が貸してくれた小さなカメラで、身近な人たち、主に美術学校の女子学生たちを撮影していました。
ちょうど中国でSNSが普及し始めた時期で、「豆瓣(ドウバン)」や「Fotoyard」など中国のSNSサイトに写真を投稿するようになりました。何を撮るべきかもわからないまま、自分の素直な感情に従って、興味を惹かれた人たちを撮り始めたのです。やがて写真を気に入ってくれる人が少しずつ現れ、それを励みに撮影を続けてきました。その後、北京に移り、「Girls」シリーズの制作を続けました。
──おふたりは故郷を離れ、国内外での生活を経験しました。そうした移動の経験は、それぞれの制作にどのような影響を与えていますか。
ワン・トゥオ 東北部も中国という国も、私にとってインスピレーションの源です。家族がいて、友人がいて、幼い頃から育った環境がある。そうした身近な現実こそが、自分自身と深く結びついていると感じます。とりわけ故郷を離れたあと、自分のなかにある問題に気づき、その原因を過去に遡って探ろうとするときには、なおさらです。
ルオ・ヤン その点は、ワン・トゥオと少し似ています。当時の中国の多くの地域では、美術館や文化芸術に触れる機会がほとんどありませんでした。文化的な刺激に乏しい環境で育ちながら、外の世界に強い憧れを抱いていたのです。その憧れと、抑圧されているという感覚が、自分のなかに強く存在していました。

父はとても伝統的な人で、家族は当初、私が芸術の道に進むことに反対していました。「Girls」の初期作品に表れている感情は、表現したいという欲望や世界への探求心、そして内面に抱えていた抑圧から生まれたものです。長いあいだ、故郷から逃げ出したい、もっと遠くへ行きたいと思っていました。
けれども、北京や上海を経て海外へ出て、どこへでも自由に行けるようになったとき、ふと自分を振り返ったのです。自分が本当に求めていたのは、そういうことではなかったのではないか、と。そもそも表現するための原動力は、故郷にあったのではないか。ずっと探し求めてきたものは、自分自身の身体のなか、自分のルーツのなかにあったのかもしれない。だからいまは、もう一度東北部に戻りたいと思っています。新たな自分として原点に立ち返り、そこで新しいプロジェクトに取り組みたいのです。

































