故郷を離れて見えてきた、現実の手触り
──おふたりの生い立ちや表現方法も異なりますが、作品には、現実をたんに記録するのではなく、そこに別の視点を持ち込み、再構成しようとする姿勢が共通しているように感じます。ワン・トゥオさんは、制作において現実とのつながりをどのように保っているのでしょうか。
ワン・トゥオ いちばん大切なのは、自分の直感を信じることだと思います。直感は日々の生活に根ざしていて、その生活も、自分自身の状況とともに絶えず変化していきます。だからつねに自分に問いかけています。何が自分にとって本当に重要なのか、何が真実なのか、何が自分の感情を揺さぶるのか、と。
例えばいま、無性に故郷に帰りたくなることがあります。帰っても何もしないのですが、北京のような大都市のどこか疎外感を伴う生活とは違う、人々の暮らしの手触りを感じられるのです。
東北部はとても「人情」の社会です。若い頃は、その人間関係の濃さに息苦しさを感じていました。人をもてなすことも根回しも苦手で、あの土地で自分の居場所を築くのは難しいと思っていたのです。けれども、年齢を重ねたいまは、むしろその逆です。都市の論理で見れば、人と人との距離が近すぎて、境界があいまいだと感じられるかもしれません。でもいまは、そのあいまいさがかえって、土地やそこに暮らす人々とのつながりを実感させてくれるのです。近所の小さな商店の店主も、行きつけの食堂の女将も、自分が誰なのかを知っている。

そうした身近な関係のなかにこそ、人々が本当に気にかけていることや、必要としていることが見えてきます。都市で暮らす私たちは、ともすれば抽象的な理念にもとづいて、遠くから他人の行動を判断し、定義してしまいがちです。けれども、実際にその人たちと接すれば、相手の立場に立って考えざるをえなくなる。だから制作では、理性や、一見普遍的に見える理念の体系だけに頼りすぎないようにしています。その代わりに、実際に実地へ足を運び、一人ひとりの置かれた異なる状況を、自分の目で確かめることを大切にしています。
──ルオ・ヤンさんは、同世代を撮った「Girls」から、より若い世代に向き合う「Youth」、さらに「Diaspora Birds」へと、被写体との関係が変化してきたように思います。「同世代の当事者」から「観察者」へと立場が移ってきたとも言えそうですが、シリーズごとにご自身の視点はどのように変わってきたのでしょうか。
ルオ・ヤン テーマの変化は、どれも自分自身の生活や、偽りのない感情から生まれています。表現すること自体が、自分にとっては探求の過程でもあるのです。
「Girls」を撮っていた頃は、思春期の自分にとって、写真が感情の出口になっていました。「Youth」の若者たちを撮ることは、彼らの目を通して、自分が本当に知りたいものを見ようとすることに近い。「Diaspora Birds」はさらに自分自身の経験と重なる部分が多く、ルーツを探るような感覚もあります。被写体の人々が語ってくれた感情や物語のなかに、故郷への思いや失われたつながり、そして何かを取り戻したいという気持ちを感じてきました。自分の立場も、そうした制作の過程で自然と変化してきたのだと思います。

いまはもう、以前のように自分のルーツや文化を拒絶してはいません。かつては強く拒絶していたからこそ、そこにあるものが見えなかったのです。振り返れば、自分のなかには、故郷から受け継いだ温かなものがたくさんあるのだと感じます。
歴史をつなぐ身体、自己を映し出す身体
──おふたりの作品は、異なるかたちで身体と深く関わっています。ルオ・ヤンさんは身体や顔、親密な関係を通して人物を捉えています。いっぽう、ワン・トゥオさんの作品では、人物が時代や歴史のあいだを幽霊のように行き来し、ときには肉体から離れていくかのようにも見えます。おふたりにとって、身体は作品のなかでどのような役割を果たしているのでしょうか。
ワン・トゥオ 私の作品において、身体はそれ自体が主題というよりも、何かを伝えるための媒介に近いものです。その背景には、自分が見てきたものを、言葉だけでは他者に説明できないという問題があります。私が扱う歴史的な事実は、ドキュメンタリーや学術研究というかたちでは十分に表現できないものです。突き詰めれば、そこには権力の問題が関わっているからです。
私たちが歴史を読むと、それを理解したと思いがちです。しかし、その理解をかたちづくる論理は、いったい誰が与えたものなのでしょうか。もし自分自身がその権力を手にしたら、どのように使うのか。アーティストも、そのことを自問しなければなりません。

作品の背景を知らなければ理解できないのではないか、と言われることもあります。けれども、歴史的事実をそのまま誰かに「手渡す」ことはできません。私たちが向き合う歴史や記憶は、すでに何かが抜き取られ、空白を抱えたものだからです。私たちには、その空白を埋める権利があるとは思えません。できるのは、同じ空白を鑑賞者に差し出すことだけです。
そのなかには様々な手がかりがあり、批判的な視点や判断すら含まれています。けれども、それらはすべて、写真の「ネガ」のような状態で提示されるのです。
制作も同じことです。ある歴史的な出来事について、それがなんであったのかを直接説明することはしません。そうしてしまえば、自分自身が歴史を語り、意味づける権力を握る側になってしまうからです。しかし、作品を通して手がかりを示すことができます。
例えば《Tungus》。なぜ中国人民解放軍の軍服を着た人物が朝鮮語を話しているのか。そのような一見単純な問いをたどっていくだけでも、それまで見えていなかった一連の出来事や関係が浮かび上がってきます。だから私の作品では、身体がしばしば、そうした問いへと観客を導く媒介や通路になるのです。
ルオ・ヤン 私の場合は、もっと本能的なものです。身体のもっとも原初的な状態とは、何も身につけず、自分自身や他人によって与えられた記号から解き放たれた状態だと思います。それは人間の原点であると同時に、突き詰めた先にある究極の姿でもある。私が捉えたいのは、そうした人間の本質です。
けれども、必ずしも裸であることが、その人の本質をもっともよく表すとは限りません。服を着ている状態のほうが、かえってその人らしく見える人もいれば、あまりに多くのものに覆われていて、本来の姿が見えなくなっている人もいる。

そういうとき、私は問いかけます。その記号を手放してみることはできますか。それはあなたを守るためのものなのですか。それとも、そうした外側のものを通さなければ、自分自身を表現できないのですか、と。だから裸の身体、あるいは何ものにも規定されない純粋な身体は、どのシリーズにも共通する、私が探り続けている本質なのです。



















