建物全体をひとつの作品として構成する
──今回の会場は、神保町にほど近い旧カプセルホテルです。本来は個人の休息のために設計された建物を、人々の交流の場へと変えることになります。この空間は、キュレーションにどのような影響を与えましたか。
ヤエル 最初に建物を見たとき、とても魅力的だと感じました。カプセルホテルという形式は日本ならではのものですし、国内外の観客にとって興味深い出発点になると思いました。
個人の休息のためにつくられた建物をイベント会場に変えることには、多くの課題があります。しかし、各階がほぼ同じ構造を持っていることが、逆に大きな可能性になりました。同じ空間から出発しながら、フロアごとにまったく異なる環境を生み出せるのです。

ロビー もともと人々が上下に積み重なったカプセルのなかで眠っていた場所なので、展示にもある種の密度が必要だと考えました。作品同士を比較的近くに配置し、参加アーティストが建物全体でひとつの作品をつくるような構成を目指しています。
建築設計は東京とブリュッセルを拠点とする建築家のコレクティブ「UM」が担当し、日本の施工チーム「TANK」と協働しています。
ヤエル あくまでも作品がすべての判断の出発点です。建築も、作品をどのように支えることができるかという視点から考えています。UMは建物中央にある螺旋状の階段を生かし、人々が各フロアを移動する流れをつくりました。その動線自体が、Tokyo Jazz Clubでの体験の重要な一部になっています。

なぜいま、オルタナティブなアートフェアが増えているのか
──近年、世界各地の主要なアートウィークに合わせて、従来のブース型フェアとは異なるオルタナティブなプラットフォームが増えています。なぜいま、こうした動きが広がっているのでしょうか。
ロビー むしろ、これまでこうした選択肢がもっと多く存在してこなかったことに驚いています。私たちは創造的な表現や新しいアイデアを扱う業界で働いています。アーティストにはつねに新しいものを生み出すことが求められるのに、業界そのものは、美術館、ギャラリー、アートフェアといった従来のモデルに強く縛られてきました。
ここ数年、そうしたシステムの綻びが明らかになり、新しい提案が必要とされるようになったのだと思います。長年ほとんど変化せずに機能してきた仕組みが、もはや以前と同じようには機能しなくなっているのです。

ヤエル 私にとって、こうした新しいモデルは必要不可欠なものです。ひとつには、社会全体で共有体験への欲求が高まっていることがあります。テクノロジーの発展によって社会がますます断片化し、人々が孤立するなか、同じ場所に集まり、何かをともに体験したいという欲求が強くなっているのだと思います。
アートの世界では、従来のコレクターの多くが、似たような作品や体験を繰り返し目にすることに飽和状態を感じているのではないでしょうか。いっぽう、若い世代にとって、現代美術の世界は必ずしもアクセスしやすい場所ではありません。新しい形式のプラットフォームは、そうした人々が歓迎されていると感じられる場所になりえます。
もちろん、作品の販売も重要です。多くのアーティストにとって、それは依然として主要な収入源です。健全で活発なアートの経済があるからこそ、より大胆で創造的な実践も可能になるのです。

ロビー 私たちがバーゼルで活動を始めた2022年というタイミングも象徴的でした。パンデミックによって、それまでの状況を振り返る時間が生まれました。しかし、社会が正常化すると、以前よりも速いペースで元の状態に戻ろうとする動きがあり、人々は疲弊し、退屈も感じるようになったのではないでしょうか。
従来のやり方をさらに強化する必要はない。それなら違うことをやってみよう、と。近年、様々なオルタナティブな形式が生まれている背景には、そうした意識の変化があるのでしょう。
ヤエル もっと現実的な問題もあります。大規模なアートフェアへの出展は、若いギャラリーや、いわゆるトップクラスではないギャラリーにとって、非常に大きな経済的リスクになっています。参加に伴う負担が大きくなり、アーティストを支えるギャラリストたちにも強い圧力がかかっています。いま、アートの世界では大きな構造的変化が起きており、それはまだ終わっていないと思います。
アーティストが挑戦できる場所を──Tokyo Jazz Clubが目指すもの
──こうした新しいプラットフォームを通じて、アートの世界にどのような変化が生まれることを期待していますか。
ロビー とくに若いアーティストたちが、もっと挑戦し、リスクを取るようになってほしいと思っています。
近年、若いアーティストが、売りやすく、市場で流通させやすく、画像を通じても広めやすい、従来型の作品を制作する傾向が強まっていることを懸念しています。そうした無難な実践が、アートフェアでは支配的になりつつあるように感じるのです。
とくにヨーロッパのフェアでは、その傾向が顕著です。風景画や静物画、肖像画といった小さな絵画ばかりが並んでいることもあります。いっぽう、最近訪れたソウルや東京など、アジアではまだ素材や表現形式において、より多くの実験が見られると感じています。
アーティストがリスクを取り、独自のビジョンを提示しなくなったら、私たちのアートコミュニティには何が残るのでしょうか。新しいものを生み出す力は、なによりもアーティスト自身から生まれなければなりません。

──いっぽうで、オルタナティブな形式が成功すると、それ自体が新たな定型になってしまうという逆説もあります。非典型的な会場にアートや音楽、食、パーティを組み合わせること自体が、ひとつの慣習になる可能性もあるでしょう。そうならないために、どのようなことを意識していますか。
ロビー 私たちにできるのは、自分たち自身のプロジェクトが陳腐化したり、同じことの繰り返しになったりしないようにすることです。そのためにもっとも重要なのが、会場の選択です。バーゼルでは毎年異なる場所を選んできましたし、Tokyo Jazz Clubについても、すでに来年の会場探しを楽しみにしています。
また、私たちは独立した立場にあるので、従わなければならない決まったルールはありません。基本的な枠組みはありますが、自分たちでつくったルールを破ることもできる。そうした自由を忘れず、つねに新鮮さや即興性を保ち続けることが大切だと思います。
ヤエル 会場が毎回変わるということは、プロジェクトそのものも必然的に異なるものになるということです。もしこの形式が新たな慣習になりそうだったら、その前に私たちはもう別のことを始めているかもしれませんね(笑)。



















