「相容れない他者」と向きあうための制作活動
──以前より「家」「家族」「他者」とのコミュニケーションをテーマに制作をされているとのことですが、そのきっかけがあればを教えてください。
宮本 私にとっての「家族」とは、「相容れない他者」です。これは以前、福岡アジア美術館の佐々木さんという方が言語化してくださった言葉なのですが、その表現がとてもしっくりきています。かなり早いうちから両親と暮らしてはいなかったのですが、そもそも相容れないものであると考えれば、いまの状況は当たり前なのだと考えられるようになりました。
15歳で実家を出たあと、高校では美術系大学への進学を目指すクラスに入りました。ちょうどその頃、熊本市現代美術館がオープンしたばかりで、最初の展覧会としてマリーナ・アブラモヴィッチの個展が行われていたんです。おそらく人生で初めて見た現代アートだったこともあり、口を使うことなく、こういった作品を通じた伝え方があるのかと非常に衝撃を受けました。その頃も自分にとってしんどいことがあるたびに、それと向きあうための作品制作に取り組んでいきました。
──つらさと向きあう方法が、宮本さんにとっては作品制作にあたるのですね。
普通に生きることってすごく難しいことだと思うんです。直接言い合えることが本来は一番良いのかもしれませんが、人を変えるより自分を変えることのほうが早い気がしているんです。ただ、自分を変えることも簡単ではないですから、そのための努力のひとつとして制作を続けています。


──宮本さんは女子美術大学の絵画学科をご卒業されていますが、絵画表現のみならず、映像やインスタレーションの制作も多く見受けられます。ご自身の表現方法として、そこにはどのような意図があるのでしょうか?
大学生の頃から参加型の作品を制作しており、例えば、知らない人に話しかけて、蛇口とホースを持ってもらって写真を撮らせてもらう、といった旅を10年ほど続けていました。この取り組みの根底には、「他者」、とくに「父親」と喋ることが苦手な自分というものがあって、自分のコミュニケーション能力を上げれば解決できるかもしれない、と考えていたからなんです。結局この取り組みを10年続けて、コミュニケーション能力は上がったのかもしれませんが、肝心の「父親と話す」という部分の解決には至りませんでした。
──苦手なことに相対したとき、「逃げる」というのもひとつの有効な手段だと思うのですが、あえて積極的に向きあうことにしたのですね。
もし相手が家族でなければ、シャットアウトできたのかもしれません。ただ私の場合はその対象が父親で、私よりも先に死を迎えるというタイムリミットがある。向こうが変わらず、コミュニケーションが取れないままであるのであれば、私が変わる努力をしなくてはならないと思ったんです。

