父という存在を超えて
椿 ガラス越しに東京の街を見ることができる展示室では《ヒステリーのアーチ》という作品が展示されています。こちらは仰け反るような男性の身体をモチーフにした立体作品です。「ヒステリー」というのは、かつて女性だけがなるものだと考えられていましたが、よやく19世紀になりジャン=マルタン・シャルコーという神経学者が、男性もなるものだと指摘したという歴史的経緯があります。そんな由縁のある「ヒステリー」という言葉を、ルイーズは男性アシスタントにポーズをとらせてつくったこの彫刻のタイトルにつけました。
吉田 昨今、女性の身体をモチーフにすることをただ肯定することの問題がさかんに指摘されるようになりましたが、ルイーズはこのように男性の身体もエロティックであり、神々しくもある、ということを表現しているんですね。
私は「ヒステリー」という、歴史的に男性から女性に投げられ続けた言葉が大嫌いですが、その言葉をこれだけ美しい男性像のタイトルとしてつけるというアンチテーゼが素晴らしい。30年も前にこれをやっていた先人がいたかと思うと、胸がすく思いがします。
椿 ルイーズにとってもっとも影響力のあった男性といえる父を扱った作品が、洞窟状の劇場型作品《父の破壊》(1974)です。ルイーズは幼少期、暴力的で支配的な父親を解体して食べるという幻想を抱いていました。本作はルイーズのそういった欲望を、母や兄弟とともに父親を食卓で食べるシーンによって表現した作品と言われています。
吉田 ルイーズ本人が父への思いを語っている映像も見させていただきましたが、声も心も震えていることがありありとわかって、彼女の生の声がそこにあると感じました。自分が父から傷つけられた気持ちを昇華するために、このような作品を生みだすしかなかったのだと思うと、胸に来るものがありますね。
椿 息子が欲しかったルイーズの父は、「あ、君は息子じゃなかったね」なんて彼女のことをからかったそうです。そういう小さな傷つきを、ルイーズは実際にパンで父をつくり、食べてしまうといったかたちで幼い頃に癒やしたこともあるようです。
吉田 親の放った何気ないひと言が、一生の傷として残ってしまうということは誰しもあると思います。その傷を芸術として昇華するという、自分で自分を救うことができる方法をルイーズが見つけられたことは救いで、本当にすばらしいと感じました。
椿 まさに、彼女にとって作品をつくるということは、精神分析的な療法だったのかもしれません。そして、父を食べるという表現は、一種のカニバリズム的な発想でもあります。本当に嫌いな人って食べられませんよね。憎いけれど、お父さんのことは大好きだったし、世を去る前にアーティストとしての自分をもっと認めてほしかったはずです。
「地獄」を生き抜くために
椿 最後に、この小作品《トピアリーⅣ》(1999)を紹介したいと思います。頭部から上が木で、右足がなく松葉杖を持つ人物像作品です。このシリーズは植物の再生力に注目した作品で、人物から伸びた枝にはたくさんの水色の実がなっています。水色はブルジョワにとって安定や自由といった良い意味を持つ色であったことも重要です。また、横から見ると、この作品の身体が妊娠していることがわかると思います。様々な意味で本作では「生まれる」ということが扱われていますね。
吉田 枝についている実のようなモチーフは、彼女のトラウマや怒りが熟して生まれた、ものをつくる原動力であるようにも感じられます。本作は傷ついたところからイマジネーションをつくり続ける、まさに彼女自身のように見えますね。枝は細くても、とても強そうです。私は本展をすごくポジティブにとらえて見たので、最後にこの作品を、彼女の姿に重ねたくなります。
椿 今回の展覧会、吉田さんにはずっと見ていただきたいと思っていました。ご自身が手がけられてきた作品と呼応する要素も多かったのではないでしょうか。
吉田 ルイーズって、本当にサバイバーなんですよね。圧倒的な抑圧を、とくにかく表現として昇華し続けた。まさに展覧会タイトルにもなっている彼女の言葉「地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」は象徴的です。
私が脚本を手がけた朝の連続テレビ小説『虎に翼』でも、これは本当に偶然なんですけれど、「地獄」という言葉がたくさん出てきます。日本で女性初の弁護士資格をとった主人公・猪爪寅子が、女性が生きづらい世の中を「地獄」と表現する。そんな彼女が最終回で「どう、地獄の道は」と問われて「最高です!」と答えるのですが、それは驚くほどにルイーズの言葉と似ていました。モデルとなった三淵嘉子さんは1914年生まれ、ルイーズは1911年生まれなので同時代を生きていたわけですし、運命的なものを感じます。
地獄を「最高」と言わなければいけない。そうすることで初めて、あとに続く人の道が開かれる。それは寅子もルイーズも一緒だったのかもしれません。今回の展覧会を見て、ルイーズの創作は生活のなかでの揺らぎとか傷つきを美化せず、それでも愛しながら残していった営みのようにも思えました。結局、彼女は人間が好きなんでしょうね。フィルターなしに素直に愛を感じ取れる。そんなルイーズの生の姿がよく伝わってくる、素敵な展覧会でした。