2018.7.31

レアンドロ・エルリッヒから「目」まで。「大地の芸術祭 2018」注目の新作をピックアップ(前編)

日本を代表する芸術祭のひとつである「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。今年で第7回を迎える同芸術祭が7月29日に開幕した。これまでに蓄積されてきた作品群に加え、約180組が新たな作品やプロジェクトを見せる今回。新作を中心にその見どころを2回にわたってお届けする。前編は、芸術祭の中心地である十日町の作品を紹介。

レアンドロ・エルリッヒによる新作《Palimpsest:空の池》(2018)
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 2000年に初回が開催され、今回で7回目を数える「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。760km平米という広大な越後妻有地域を舞台に回数を重ね、現時点で約200もの作品が常設展示されているこの地に、今回は180組ものアーティストが参加し、新作やイベント、パフォーマンスを展開している。

 前編となる今回は、そのなかから大地の芸術祭の中心地である十日町エリアに登場した注目作を見ていこう。

池に空が出現? レアンドロ・エルリッヒが見せる大作《Palimpsest:空の池》(越後妻有里山現代美術館[キナーレ])

 大地の芸術祭の中心地となるのが「越後妻有里山現代美術館[キナーレ]」だ。2003年に十日町ステージ 「越後妻有交流館・キナーレ」として誕生したこの建築が、美術館として生まれ変わったのが6年前のこと。真四角の建物の中心に、池を擁する独特のデザインは京都駅などで知られる建築家・原広司によるもの。

越後妻有里山現代美術館[キナーレ]の外観

 この池を丸ごと作品へと変貌させたのが、アルゼンチンのアーティスト、レアンドロ・エルリッヒだ。

 森美術館での大規模個展で60万人以上を動員するなど、日本で大きな人気を集めるレアンドロ。人々の常識を問うような体験型の作品を多く手がけるそのスタイルは、ここでも健在。

 キナーレに来場する誰もが目にすることになる中心の池に「何か」が映っている。ぐるりと池の周囲を回っているうちに、その答えは明確なものとなる。そこに映っているものはキナーレそのものだ。

1階から見た《Palimpsest:空の池》

 作品のタイトルは《Palimpsest:空の池》。「Palimpsest」とは、書かれた文字などを消し、別の内容を上書きした羊皮紙の写本を意味する。この作品について、レアンドロはこう語る。「タイトルはいろんな意味を持っています。人類は歴史を上書きし、レイヤーを重ねながら歴史つくってきました。この作品も、キナーレの実際の影をなぞるように上書きされているのです」。

2階のあるポイントからは鏡のような風景が見える

 原の建築をなぞり、上書きするこの作品。それは建物を写す鏡のようでもある。レアンドロはこう続ける。「この作品はここでしかありえません。越後妻有に来るたびに見ていた水田の、空を映す鏡のような風景がここには反映されています」。

 遠近法の計算など、技術的には困難を極めたという本作。「一点でも狂いがあれば『魔法』が解けてしまいます。ディテールこそが重要なのです」。

《Palimpsest:空の池》の部分

 いっぽうの原は、「池が建物の中心であり、ポテンシャルがあると思っていた」としながら、「いつかこの池を仕上げようと思っていた」のだという。「この人なら、と思いレアンドロにお願いした。上空から見ると、建物の中にもうひとつ建築が重なっています。ミケランジェロがシステーナ礼拝堂の天井画の中に建築も描きましたが、この作品はそれに匹敵しますね」。

左から原広司、レアンドロ・エルリッヒ

 レアンドロならではの固定概念を覆すようなこの作品から、今年の大地の芸術祭をスタートさせてはいかがだろうか。

池では子供たちが楽しそうに遊ぶ姿が見られた

2018年の方丈記私記~建築家とアーティストによる四畳半の宇宙(越後妻有里山現代美術館[キナーレ])

 レアンドロの作品を堪能した後は、キナーレで今回のメインイベントのひとつとなる企画展「2018年の方丈記私記~建築家とアーティストによる四畳半の宇宙」を楽しみたい。

 本展は、小さな庵「方丈」(四畳半)に移り住み、平安・鎌倉期の動乱の世を見つめながら随筆『方丈記』を書いた鴨長明にならい、旧来の価値観が崩れゆく現代における新たな可能性を、2.73m四方の小さな空間から考えるというもの。

東京藝術大学美術学部建築科藤村龍至研究室による《A SHELTER OF THE DIGITAL》ではカフェが出店

 キナーレの回廊をメイン会場に、カフェやカラオケスナック、アトリエ、家など、約30組の建築家、アーティストがさまざまなかたちで表現した空間が集まる。

 デジタル加工したダンボールを材料に最小空間のパヴィリオンを手がけた東京藝術大学美術学部建築科藤村龍至研究室の《A SHELTER OF THE DIGITAL》や、建物の外壁が上下する空間を出現させたドットアーキテクツ《伸び家〔The Extending Hermitage〕》など、建築ファンも見逃せない方丈が登場。

ドットアーキテクツ《伸び家〔The Extending Hermitage〕》の内部は栗真由美による《builds crowd ~街の記憶》という別の作品となっている

 将来的に、それぞれの空間が町へ「移植」され地域を活性するという、「越後妻有方丈村百年構想」の発端となる展示だ。

書かない水墨画、徐冰《裏側の物語》(妻有田中文男文庫)

 中国を代表するアーティスト、徐冰(シュー・ビン)が見せるのは日本と中国のつながり。徐は、意味を持たない偽の漢字を数千文字にわたり作成し、これを用いた書や印刷物、インスタレーションなどで中国現代美術界を代表するアーティストとなった。

 《裏側の物語》と題された本作は、一見すると巨大な水墨画のようだ。しかし、「裏側」へ回るとその正体に驚かされる。

徐冰 裏側の物語 2018

 作品を構成しているのは、墨ではなく、植物や紙など。徐は一切「描いて」いないのだ。

 影絵の原理を利用した本作は、中国で水墨画を学んだ室町時代の水墨画家・雪舟にインスパイアされたもの。日本と中国のつながりや、表と裏の関係性を提示するとともに、現実の儚さや脆さなどをも提示している。

自然界にありえない風景を出現させる「目」(魚沼中条駅)

 これまで、その場にあるはずのない風景を出現させ、見るものの常識を覆すような作品を手がけてきたアーティストコレクティブの「目」。2015年に続き、2回目の参加となる今年、彼らが舞台に選んだのはJR飯山線の無人駅・魚沼中条駅だ。

目による新作《Repetitive objects》

 駅に着くと、その傍に巨大な2つの岩があることに気づく。よく見るとこの2つの岩はまったく同じ姿かたちをしている。自然界では絶対にありえない、完全に同じ岩。恐らく多くの人が「どちらかがつくりものだろう」と想像するのではないだろうか。

 しかし、「目」はその疑いすらかわしてしまう。

 周辺の風景すら自らの世界に巻き込む「目」の新作《Repetitive objects》は、それぞれの鑑賞者に現実を疑うことの重要性を問いかける。

目の作品は周辺の風景すら作品の一部ではないかと疑わせる

喫茶TURN&10th DAY MARKET(十日町駅)

 旅の拠点となる十日町駅で忘れずに立ち寄りたいのが日比野克彦・ひびのこずえ夫妻による2つの作品だ。

左から《10th DAY MARKET》、《喫茶TURN》

 日比野は「かまぼこ型倉庫」の内部にカフェ《喫茶TURN》をつくりだした。ここでは、水が太陽の熱で温められ、その温度で淹れたお茶で客人をもてなす。十日町の自然とリンクするお茶で「当たり前のこと」を提示しながら、人と人が交流できる場所も提供するプロジェクトだ。

《喫茶TURN》の様子

 いっぽうのひびのは、遊び場であり、ショップであり、またものづくりの場所でもある空間《10th DAY MARKET》を出現させた。内部には樹木を模した赤いネットを張り、ここにぶら下がる葉っぱを制作・取り付けるワークショップとパフォーマンスイベントを会期中に開催。ここに人が訪れ、憩うたびに空間も変化していく。またここでは、ひびのによるブランド「KODUE HIBINO」のハンカチなども買うことができる。(後編に続く)

《10th DAY MARKET》の様子