ボルタンスキ—から磯辺行久まで。
「大地の芸術祭 2018」注目の新作をピックアップ(後編)

日本を代表する芸術祭のひとつである「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。今年で第7回を迎える同芸術祭が7月29日に開幕した。これまでに蓄積されてきた作品群に加え、約180組が新たな作品やプロジェクトを見せる今回。新作を中心にその見どころを2回にわたってお届けする。後編では、松代、松之山、津南、中里、川西エリアの作品を紹介。

清津峡渓谷トンネルに出現したマ・ヤンソン/MAD アーキテクツによる《Light Cave》(2018)

磯辺行久のプロジェクトを概観する。磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館[SoKo](松代)ほか

 今回の「大地の芸術祭」にあわせ、ひとつの美術館がグランドオープンを迎えた。それが磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館[SoKo]だ。

磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館[SoKo]

 磯辺は1997年、大地の芸術祭がまだ構想段階だった頃から越後妻有に関わってきたアーティスト。50年代から版画を制作し、62年の「読売アンデパンダン展」にワッペンを連ねたレリーフ作品を出品し、一躍注目を集めるなどの活動を重ねてきた磯辺だが、65年に渡米。ニューヨークで環境芸術を学び始めてからその作風は大きく変換し、バイオや地質や気象など環境を構成している情報と色彩やかたちといったアートの伝達ツールを重ね合わせた作品・プロジェクトを手がけるようになった。

美術館に展示された磯辺行久の「ワッペン」シリーズ

 その磯辺の初期作から現在までを一堂に紹介するのが、磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館[SoKo]となっている。

 2015年に旧清津峡小学校の体育館をリニューアルしたことから始まった同館は、今回の芸術祭にあわせて校舎棟もリニューアル。グランドオープンとなった。

 館内には上述の60年代の「ワッペン」シリーズをはじめ、前衛の時代に制作された作品から、バックミンスター・フラーが考案したダイマキシオン・マップをもとに海流を示した《海流資源図・ダイマキシオンマップ》(2013)、そして信濃川のかつての川筋を3.5キロにわたって約600本の黄色い旗で再現した《川はどこへ行った》(2000)の資料など、磯辺のこれまでの作品・資料を多数展示。

海流資源図・ダイマキシオンマップ 2013

 本芸術祭ディレクターの北川フラムが「記念碑的な施設」と呼ぶように、延べ床面積2000平米という巨大な会場には、磯辺のエッセンスが凝縮されている。

体育館では大型のインスタレーションを展示。中央に見えるのは《Floating Sculpture》(2018)

 なお、磯辺は《川はどこへ行った》を今回の芸術祭で再制作。信濃川に隣接する水田一帯に数百に及ぶ黄色い旗を立て、かつての信濃川の流路を視覚化するとともに、《信濃川はかつて現在より25メートル高い位置を流れていた》で縄文時代から現代に至るまでの水位を巨大な足場によって再現してみせた。

のどかな水田に設置された黄色い旗が《川はどこへ行った》
《信濃川はかつて現在より25メートル高い位置を流れていた》では実際の高さが足場で示されている

 このほか、2011年に発生した土石流の痕跡を可視化させる《土石流のモニュメント》の再制作や、水力発電のダムに水を引くために地下280メートルに設置された導水管をバルーンで可視化させる新作の《サイフォン導水のモニュメント》など、環境を作品へと変換する磯辺のダイナミックな作品群は今回の目玉のひとつと言えるだろう。

新作の《サイフォン導水のモニュメント》

暑い夏に南極を感じる。「南極ビエンナーレ – フラム号2」(松代・奴奈川キャンパス)

 2017年3月17日から28日にかけて、南極で史上初めて開催された国際展「南極ビエンナーレ」。同ビエンナーレのコミッショナーであるロシア出身のアレクサンドル・ポノマリョフが中心となり、大地の芸術祭では未来の生活を想像させる空間をキャンパスの一室に出現させた。

「フラム号2」の展示風景

 タイトルにある「フラム号」とは、探検家ナンセンが北極遠征に使用し、その後アムンセンによる南極探険にも使われた船名で、ノルウェー語で「前進」の意味を持つ。また、北川フラムの名前の由来ともなっている船だ。

 本展では、「フラム号2」の模型をメインに展示。「フラム号2」は、南極調査隊のための可動式建造物で、未来の南極ビエンナーレの施設としても構想されたもの。43のモジュールで構成。レジデンスや研究施設などを含む43のモジュールが教室の中央に浮かび、遠い南極の地に想いを馳せる。

香港のアートパワーを感じる「香港ハウス」(津南)

 「大地の芸術祭」がアジアにおいても高く評価されていることがわかる施設が津南に誕生した。それがこの「香港ハウス」だ。

香港ハウス

 「香港ハウス」は、香港特別行政区政府が後援する施設で、香港との恒常的な文化交流の拠点となるアーティスト・イン・レジデンス兼ギャラリー。若手建築家チーム、イップ・チュンハン(葉晉亨)によるこのパヴィリオンでは、年間を通じて香港の大学や美術関係者がプログラムを実施。現在はリョン・チーウォー(梁志和)+サラ・ウォン(黄志恆)のアーティスト・ユニットが新作を展示している。

 《津南ミュージアム・オブ・ザ・ロスト》と題された今回の作品は、大きく2つの要素で構成。ひとつは町の人々から提供してもらった何気ないスナップ写真の数々。そしてもうひとつは、その写真に意図せず映り込んでしまった人(見知らぬ誰か)を再現した大判の写真作品だ。地域の人々に密着し、その集合的な記憶を作品へと展開させた。

《津南ミュージアム・オブ・ザ・ロスト》の展示風景

真夏の倉庫に真冬が出現? 金氏徹平《SF(Summer Fiction)》松代

 夏の間は使われずに倉庫で待機している除雪車。金氏徹平はこれを「まだ見ぬ世界の想像の発生装置」と見立て、冬しか使わない道具と組み合わせ、立体作品につくり変えた。

《SF (Summer Fiction)》の一部

 除雪車の倉庫を映像、照明、音で演出した本作《SF(Summer Fiction)》。金氏は冬の越後妻有を訪れ、除雪車が実際に動いてる様子をリサーチ。作業の音や作業員の声、作業風景の映像を撮ったという。

 金氏はこう語る。「夏の間に冬を想像することは、つまり離れた場所を想像すること。除雪車の存在が強烈で作品にしました。除雪車は自然と人間をつなぐ営み。自然と人間の強烈な関係性に気づかされました」。

 会場には除雪車のほかに、除雪車がつくった雪の山にSFマンガの断片をコラージュした写真作品なども展示。巨大な除雪車とともに、真冬の越後妻有を垣間見る。

《SF (Summer Fiction)》の一部

トンネルを抜けるとそこには......マ・ヤンソン/MAD アーキテクツ《ライトケーブ》(清津峡渓谷)

 越後妻有を代表する名所のひとつ、清津峡渓谷トンネル。ここを中国の建築家、マ・ヤンソン率いるMAD アーキテクツが作品へと改修した。

風光明媚な清津峡渓谷トンネル入り口

 MAD アーキテクツは、全長750メートルのトンネル内にある3つの見晴らし所と終点のパノラマステーションを作品として展開。マは「アートと建築の力で清津峡渓谷トンネルを変えれるか。自然と人の関係をより豊かなものにできないかと考えました」とコンセプトについて説明する。

 「トンネルはリニアな空間。ここをひとつの旅ととらえ、通る人々が新しい自分の感情に出会えるように設計しました。世界中で環境との向かい方が考えられていますが、その一歩先である『自然との関係構築』ができたのではないでしょうか」。

MAD Architects《ライトケーブ》の一部
トンネルの終点・パノラマステーションには水盤がつくられた

踊る死の影。クリスチャン・ボルタンスキー《影の劇場》(松之山)

 2006年、旧東川小学校全体をインスタレーション《最後の教室》へと変容させたクリスチャン・ボルタンスキー。人間の不在をテーマにし、いまなお強烈な存在感を放ち続ける同作だが、ここに新たな作品が加わった。

《最後の教室》の一部

 《影の劇場》は、段ボールやブリキといった身近な素材でつくったオブジェを使い、それらを光で照射することによって、光と影のインスタレーションを生み出すもの。浮かび上がるのはガイコツやコウモリ、天使など、いずれも西洋美術における伝統的なモチーフ。これらは「メメント・モリ(死を想え)」を連想させるものであり、作品によって生と死を提示し続けるボルタンスキーの代表的なシリーズだ。

クリスチャン・ボルタンスキー 影の劇場 2018

 「ここには子供たちの記憶がレイヤーとして存在しています。私はこの場所が持っている悲しみの積層に惹かれるのです」と語るボルタンスキー。

 新作を含め、ボルタンスキーの大規模インスタレーションに身を委ねたい。

 ここまで今年で7回目となった「大地の芸術祭」のハイライトを紹介してきた。最後に、総合ディレクターの北川フラムが今回の芸術祭について語ったことを紹介したい。

 北川は、現代は「鴨長明が『方丈記』を書いた動乱の鎌倉時代と同じです」と語る。「しかし、そんななかでも生きていかねばならない。企画展『方丈記私記』は、現代をどうやって生き抜くかということを念頭に、作家を公募しました」。

 「アーティストは実験室のようなホワイトキューブで作品を見せるだけでいいのか? 欧米の一部が決めてきた価値観を脱却し、越後妻有という現場でアーティストはいかに作品を展開できるかが重要です」。

 日本における芸術祭のひとつのモデルケースを構築してきた「大地の芸術祭」。地域と密接し、着実に実績を重ねてきたこの芸術祭の、最新形をその目で確かめてほしい。

編集部

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