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アルプスの水と緑に囲まれたアート。36組が参加する「北アルプス国際芸術祭」が開幕

北アルプスの山麓に位置する自然豊かな長野県・信濃大町を舞台に「北アルプス国際芸術祭 ~信濃大町 食とアートの廻廊~」が6月4日よりスタートした。会期は7月30日までの57日間。気になるその見どころとは?

五十嵐靖晃 雲結い

 「北アルプス国際芸術祭 ~信濃大町 食とアートの廻廊~」は、総合ディレクターに北川フラムを迎え、3000メートル級の山々が連なる北アルプスの麓にある大町市を舞台に、国内外36組のアーティストが参加するもの。2014年に同市で開催された「信濃大町 食とアートの回廊」をプレイベントとし、そこから発展するかたちで開幕した本芸術祭では、北アルプスがもたらす豊かな水、緑、木、そして空をテーマに盛り込んだ作品が多く見られた。「仁科三湖」「源流」「市街地」「東山」「ダム」の5エリアで構成された芸術祭の見どころを、ピックアップしてお届けする。

仁科三湖エリア

 青木湖、中綱湖、木崎湖からなる仁科三湖は、大町市の北の玄関口。ここはかつて、日本海から松本まで塩や海産物を運んだ「塩の道」すじに位置している。今回の芸術祭では、釣り人が多く見られる木崎湖に作品が設置されている。

 湖畔から上空に伸びる青と白の組紐。これを手がけたのは瀬戸内国際芸術祭(2013,16)や南極ビエンナーレ(2017)などへの参加でも知られる五十嵐靖晃だ。《雲結い》と題された本作は、大町市に住む人々と協働で制作したものであり、その名のごとく、湖と雲を、さらには人々を結ぶような存在として静かに佇んでいる。

 多くの地方都市同様、人口減少は大町市にとっても課題のひとつだ。その人口減少の象徴でもある「空き家」を、ケイトリン・RC・ブラウン&ウェイン・ギャレットは作品に変えた。《ベールの向こうに》と題された本作で、ふたりは2か所の空き家を薄いベールで覆い、彫刻のように仕立てている。ベールは湖畔を吹く風によって軽やかに揺れ、その様子はまるで家が呼吸をしているかのようだ。また、ベールの揺らぎは湖面のさざ波とも呼応し、空き家が周囲の環境と溶け込んでいくような感覚を覚える。

 また、五十嵐やブラウン&ギャレット作品の対岸では、カラフルな幾艘ものボートの姿を見ることができる。近づくと、これらのボートは枯木や幹、あるいは空き家から出た生活廃棄物によって構成されているのがわかる。これを手がけたのはアルフレド&イザベル・アキリザン。きらめく湖面に浮かぶそれらは異質な存在だが、アーティストたちはこの作品によって、環境破壊や過疎化などに対する問題提起をしている。

アルフレド&イザベル・アキリザン ウォーターフィールド(存在と不在)

源流エリア

 北アルプスの雪解け水が、いたるところを流れるのが源流エリア。オーストラリアで光の芸術祭「Globenight」を創設したジェームズ・タップスコットは、仏崎観音寺の参道にかかる太鼓橋に作品を設置した。こちら側とあちら側をつなぐ存在である橋。ここに設置された光と霧のリングは、そこを通るものに一種の浄化作用をもたらす。

ジェームズ・タップスコット Arc ZERO

 フィンランドのマーリア・ヴィルッカラは、大町温泉郷にある野外劇場「森林劇場」を丸ごと作品に変えた。劇場では観客と主役が明確に分かれている。しかし、インスタレーション《ACT》では、鑑賞者はステージと観客席のどちらへも自由に行き来することができる。これによって「見る側」と「見られる側」という見えない線引きがなくなる。

 日常生活のなかでも(無意識的に)存在している「演じる」ということ。その意味を感じてほしいとヴィルッカラは語る。

マーリア・ヴィルッカラの《ACT》。指揮台に立つとある現象が起きる仕掛けが施されている

 2018年の稼働に向け、現在も建設が進められている一般廃棄物処理場「北アルプスエコパーク」。川俣正は、その脇の緩衝林に巨大な木造ステージを設置した。一般的にネガティブな印象を与える廃棄物処理場。そこを人が集まり、活用するような場所にできないかという発想から《源汲・林間テラス》は生まれた。ここでは今後、様々なイベントが開催されるといい、プロセスを重ねていきながら作品が成熟していく。

川俣正の《源汲・林間テラス》で行われた古川麦&角銅真実&関口将史によるライブパフォーマスの様子

市街地エリア

 かつては日本海と信州を結ぶ「千国街道」の宿場町として栄えた大町市街。ここには今も水路や古い家屋など、かつての賑わいを思わせる風景が残っている。「境界」をテーマに作品制作を行う栗林隆が着目したのは、年間100万人以上が訪れる立山黒部アルペンルートの長野側起点、黒部ダム。高さ186メートルという巨大な構造物を、商店街の元呉服屋の中で40分の1スケールで再現した。元からあった土壁や、大町の土によってつくられたダムには「ダム湖」もあり、足湯として利用できる。

 街のいたるところに貼られた真っ黒の紙に描かれた絵。ロシアのニキータ・アレクセーエフは、遠くからは姿が見えるのに近寄ると姿がないという信州の伝承「帚木(ははきぎ)」をテーマに、繰り返されるイメージや到達できない距離感を108枚のドローイングで伝える。

ニキータ・アレクセーエフ ちかく・とおく・ちかく

東山エリア

 大町市を眼下に望む鷹狩山。ここから見える景色を作品に取り込んだのがクリエイティブチーム「目」だ。鷹狩山山頂にある空き家を丸ごと使った《信濃大町実景舎》では、家の間取りや階層といった内部構造が真白に覆われ、一つの連続した空間として再構成されている。西側に大きく開かれた窓からは信濃大町と北アルプスの峰々が姿を見せ、鑑賞者は真白な空間でその雄大な風景と静かに対峙する。

 同じく鷹狩山には、もう一つ注目したい作品がある。展望台近くの山林に現れる巨大な彫刻、リー・クーチェの《風のはじまり》だ。同作は鷹狩山の木や枝を素材に構成。渦を巻く風のように、複雑に編まれた大きな輪(それは台風のようにも見える)は、日本と台湾のスタッフによる手作業でつくられており、自然と調和する大きな生き物のように、山中に横たわっている。

リー・クーチェ 風のはじまり

 鷹狩山の南に位置する八坂地区は1000メートル級の山々に囲まれた山深い土地。ここではロシアのニコライ・ポリスキーによる巨大な竹のオブジェ《バンブーウェーブ》が出迎えてくれる。市民との協働によって、自然素材を作品に昇華させるポリスキーは、八坂地区の竹林に感銘を受け、今回の作品に挑んだという。里山を見下ろすような場所に建てられた巨大な構造物は、風によって先端を揺らしながら、その景色に溶け込んでいる。

 1988年のヴェネチア・ビエンナーレをはじめ、世界各国で活動しているフェリーチェ・ヴァリーニは、街中の建物や屋内を舞台に、ある1点から見ると巨大な幾何学模様が平面のように見える作品で知られている。今回、ヴァリーニが発表の場に選んだのは、3世帯しか生活していない八坂のとある集落。現在も人が暮らす家屋にOHPで楕円を投影し、銀紙に塗装した鮮やかな黄色のテープを貼ることで、のどかな里山風景に異質な世界を出現させた。

フェリーチェ・ヴァリーニ 集落のための楕円

ダムエリア

 アジア最大のダム・黒部ダムの玄関口であり、大町ダムや七倉ダム、高瀬ダムなどがある大町市。ここは自然から文明(エネルギー)を生み出し、送り出す土地でもある。このダムにもっとも近いエリアにあり、水力エネルギーの歴史などを展示・紹介する「エネルギー博物館」を作品の舞台にしたのが淺井裕介だ。博物館の外壁に描かれた巨大な壁画は、土地の土を素材にしており、市民とともに描かれた。水から連想させる、ほとばしる生命力を感じたい。

淺井裕介 土の泉

 淺井と同じく、土を使った作品を発表した栗田宏一。栗田はこれまでも日本、あるいは世界の土を素材に、土そのものを見せる手法で作品を展開してきた。芸術祭では大町市が日本海から信州へと至る「塩の道」の宿場町であったことに焦点を当て、日本海沿岸の各地と大町市で採取した土を地図状に並べ、塩が日本海から大町市にやってくる過程をビジュアル化している。

 北アルプス国際芸術祭の参加作家数は36組と、近年の芸術祭に比べると多いとは言えない。しかしながら、北川フラムが「あふれんばかりの水と、それによってつくられた豊かな土、そして東日本と西日本の植生が合わさり魅力的であり、そこから望む空も素晴らしい。アーティストたちはそれらを色々なかたちで表現してくれた」と語る通り、れぞれのアーティストが共通して大町市の歴史、あるいは北アルプスの自然と対話し、それを生かすような作品を展開しており、芸術祭としてのまとまり、一貫性を強く感じることができる。雄大な自然とアートが出会い、共鳴する感覚をぜひ味わってみてはいかがだろうか。

北アルプス国際芸術祭開会式の様子。前列左から6番目が総合ディレクターの北川フラム。多くの参加アーティストたちも駆けつけた

編集部

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