2019年にアジアで初めて同性婚が法制化された台湾では、その実現以前から、当事者たちがバーやクラブ、出版、社会運動などを通じて独自の文化とコミュニティを築いてきました。今回はそのなかでもレズビアンカルチャーに焦点を当て、台北のナイトスポットから書籍、デジタルアーカイブ、出版コレクティブまで、現在の台湾を知るための5つのトピックを紹介します。
1.浪漫銀河大舞廳(ロマンスボールルーム)
お喋りと音楽から生まれる──新しいレズビアン・コミュニティ
お喋りが止まらない夜の煌めき、そのなかで台湾のレズビアンカルチャーは展開してきました。2023年、台北プライドパレードのアフターパーティから始まった「浪漫銀河大舞廳(ロマンスボールルーム)」は、アラサー世代のレズビアンが主導するパーティ/クリエイターコレクティブ。「地球上のレズビアンを全員、最高に面白い存在に♡」というスローガンのもと、従来のバー文化や社会運動、クリエイティブな制作活動を融合させた、新しいスタイルの女性限定パーティーや文化イベントを企画・運営しています。

階段を下りて地下にある「浪漫銀河大舞廳」のイベント会場へ一歩足を踏み出すと、紫のネオンライトのもとで大勢の観客がひしめき合い、DJが流すインディーズ音楽を大合唱する熱気に包まれました。特別な一夜に立ち会っているのだと感動しました。ドリンクからロゴ、ビジュアルデザインに至るまで、世界観が美しく統一され、会場にいるだけで心が躍りました。音楽イベントにとどまらず、来場者同士が自然と交流できる工夫が用意されているのも魅力です。人探しゲームを通じて見知らぬ参加者同士が声を掛け合ったり、別室ではメンバーを交えた少人数での深い対話が繰り広げられたりと、会場のいたる場所で熱心なお喋りと絶え間ない歓声が響き渡っていました。他者への興味と信頼をもとに、会話を続ける忍耐強さと、とにかく楽しむ姿勢を多くの観客が共有しているように見えました。

さらに浪漫銀河大舞廳はポッドキャスト番組『女民活動中心』(2024〜)を通じて、クィア女性の日常や人間関係、文化についての発信も行っています。クィア理論の専門家を招いてフェミニズムや政治を批判的に議論する回もあります。メンバー同士の語り口は等身大で率直なものであり、親しい友人の会話に耳を傾けているような親近感に満ちています。ミレニアム世代以降のデジタル文化と共鳴しながら、多様な背景をもつ性的マイノリティの女性たちがともにカルチャーを享受できる空間です。仲間と目一杯遊んで学んでお喋りする、そんな浪漫銀河大舞廳の取り組みは、現代の台湾におけるレズビアンフェミニズム運動の実践としてクィアの人々に熱く支持されています。
Instagram:@romance_ballroom
Podcast:『女民活動中心』(Spotify、Apple Podcastほか)
Linktree:https://linktr.ee/romance_ballroom
2.TABOO
「タブー」を夜の主役へ転じる──レズビアン・ナイトライフの系譜
台湾のレズビアンカルチャーは、クィアな性や欲望を謳歌する営みです。東京の新宿二丁目のように、台北にもレズビアンバーが集まる地区が存在します。オフィス街の中心、高架道路の下に店舗が並んでいるのは、地価が安く深夜の騒音問題が起きにくかったからだとか。その一角に位置するのが老舗のレズビアンナイトクラブ「TABOO」です。レズビアンの存在がまだ社会的「タブー」とされていた2008年の開業以来、台北のクィアナイトライフと女性のためのセーファースペースを牽引し続けてきました。

地下へ足を踏み入れると、照明が赤で統一された薄暗い空間が広がっています。ステージを兼ねた広々としたフロアにはDJが入り、ポップ、EDM、ヒップホップを中心としたダンスミュージックでフロアを揺らしています。週末にはセクシーな衣装に身を包んだゴーゴーダンサーやポールダンサーが登場し、観客の間近でダンスを披露して場を盛り上げます。女性同士のBDSMショーやドラァグクイーンのパフォーマンスなど、ダイナミックなイベントが定期的に開催されています。スタッフやダンサーたちが率先してテーブルを訪れて会話を盛り上げたり、客同士を引き合わせたり、卓を越えて飲みゲームを催したりと、フロア全体で女性限定の一晩をジューシーに味わい尽くす興奮に満ちています。
1980年代半ばから広まった「Tバー」は、当時のクィア女性たちが欲望のままに自由に振る舞える貴重な社交場でした。「TABOO」はこうしたTバーの歴史的文脈を受け継ぎながら、より明るく開放的でコミュニティが自発的に生まれる現代的なクラブカルチャーへと発展させました。近隣の「WONDER」や「INCOMING BAR」と合わせた「台北御三家女同酒吧(台北レズビアンバー御三家)」として3店舗合同のバスツアー、「LES RIDE 女子極樂派對巴士(女子極楽パーティバス)」が企画されるなど、コミュニティ間の協働も台湾のレズビアンカルチャーの重要な特徴のひとつです。TABOOは現代のレズビアンバーの先駆的存在であり、そのネオンライトの輝きとレザーの艶が色褪せることは決してないでしょう。
住所:台北市中山区建国北路二段90号 B1(B1, No. 90, Sec. 2, Jianguo N. Rd., Zhongshan Dist., Taipei City)
営業時間:イベントにより異なる
入場料:イベントにより異なる
公式Instagram:@taboo.tw
3.台湾同志ホットライン協会『おばあちゃんのガールフレンド』(2024)
世代を越えて受け継がれる──レズビアンたちの記憶
台湾のレズビアンカルチャーには、その文化の土台を築いた先人への深い敬意があります。「台灣同志諮詢熱線協會(台湾同志ホットライン協会)」は、1998年に創設された国内最大かつ最古のLGBTQ+支援組織です。同団体は同性婚法制化の推進をはじめ多角的な活動を展開してきましたが、その代表的な取り組みのひとつが、2005年に始まった中高年世代のクィアの支援事業です。老齢、介護、看取り、障害といった課題に向き合い、当事者がコミュニティとつながる場を創出してきました。

そのプロジェクトの一環として、熟年レズビアン17名の語りをまとめたのが『おばあちゃんのガールフレンド』(原題:『阿媽的女朋友』)です。本書に登場する55歳から83歳の女性たちは、多様な職業や階層、地域に属し、困難な時代のなかでも制約に抗いながら自由で挑戦的に自らの人生を切り拓いてきました。彼女たちの力強い生き様は社会の常識を押し広げ、現代における台湾のレズビアン文化や運動史の確固たるルーツを形成しています。本書からは、「ズボン女」や「T/P/不分」といったレズビアンのアイデンティティの変遷、Tバーやフェミニズム団体などの集いの場、レズビアン雑誌や電子掲示板といったメディアの展開まで、次世代へと受け継がれてきた豊かな文化史が浮かび上がります。かつての抑圧下にあった先輩クィアたちは、カミングアウトできなかった「不幸な世代」と一括りに捉えられる傾向にありましたが、本書の口述歴史の具体性はそのような思い込みと同情心を根本から揺さぶります。現代のクィア文化は彼女たちの逞しい歩みの延長線上にあるのだと気付かされました。
さらに本書は、邱妙津(チウ・ミャオジン)の『ある鰐の手記』(原題:『鱷魚手記』)(1994)や陳雪(チェン・シュエ)の『蝶のしるし』(原題:『蝴蝶的記號』)(1995)といった台湾レズビアン文学の金字塔を読み解く視座も与えてくれます。文学作品の登場人物とおばあちゃんたちの語りの共通点から、小説が当時の当事者たちが生きた現実の社会情勢を色濃く反映していたことがより明確になります。上の世代の記憶と言葉に触れることで、未来へと意識を向けることができるでしょう。私がいつか次の世代へ自らの時代を語る立場になることがあれば、マイノリティとしての苦難だけではなく、レズビアンとして果敢に生きた喜び、強かさ、そして友情を伝えたいと思いました。セクシャリティでつながる世代間の奥行きと共感、想像力をもたらしてくれる一冊です。
台湾同志ホットライン協会=著
小島あつ子=訳
サウザンブックス社 2024年刊 2500円+税
ウェブサイト:http://thousandsofbooks.jp/project/grandmasgf/
4.台灣同志數位博物館
保存するだけではない──コミュニティが育てるクィアのアーカイブ
台湾のレズビアンカルチャーは、コミュニティの歴史を未来へとつなごうとする努力によって支えられています。2025年9月、台湾文化部が運営するアートセンター「臺灣當代文化實驗場(C-LAB)」を訪れた際、クリエイター支援事業の成果を発表するオープンスタジオが開催されていました。そこで出会ったのが、デザイン会社「沃時文化」と、彼らが主体となって制作を進めていた「台灣同志數位博物館(台湾LGBTQ+デジタル博物館)」のプロジェクトでした。この博物館は、台湾におけるLGBTQ+コミュニティの文化や歴史をオンライン上で保存、共有し、未来へと継承する試みです。同年12月、研究機関である中央研究院のデジタルプラットフォーム「開放博物館」上で一般公開されました。日本統治時代から2000年代以降に至るまでの文献、写真、地図、映像・音声資料など、多様なアーカイブやオンライン特別展を誰でも閲覧することができます。

C-LABのギャラリースペースでは公開に向けた準備段階として、クィア史をめぐる貴重な資料が展示されていました。1990年代から2000年代初頭のものを中心に、Tバーでの映画上映、台北プライドパレード、各大学のゲイ・レズビアンサークルのチラシやポスターを実際に手に取ることができたのは感慨深い体験でした。クィアの歴史的記録は公的機関の収集対象から外されたり、差別や偏見の対象となってきた背景があります。また、セクシュアリティの秘匿性や親密な空間が持つ一時的な性質ゆえに、記録が散逸したり消滅しやすいという課題を常に抱えています。このプロジェクトが果たした記録の収集、保存、公開の意義は計り知れません。
このようなアーカイブは、コミュニティの共同編集による民主的なアプローチによってのみ実現したと思います。同博物館はたんに資料をデータベース化するだけでなく、現代の視点から再解釈することで記憶を動的に更新していく「有機的な歴史観」の確立を掲げています。研究者、キュレーター、アーティスト、そして当事者たちが対話と学習を重ねながら、ともに資料の理解を深め、コンテンツを制作してきました。同性婚の法制化を経た現代の台湾において、LGBTQ+の文化史と運動史の重要性が広く共有され、各市民団体がそれぞれの形でそれを受け継ぎ、応答しているととらえています。このように資料群がコミュニティによって積極的に活用されることが、LGBTQ+の記憶の継承と当事者の尊厳回復へとつながっていくことでしょう。C-LABでの台灣同志數位博物館の展示スペースには次々と来場者が訪れ、アーカイブはが新たな対話の輪を広げ続けていました。
開館:2025年12月
形態:オンライン博物館
運営:沃時文化
閲覧料:無料
ウェブサイト:https://plaza.openmuseum.tw/taiwanlgbtqmuseum
5.淑女俱樂部
読み、書き、語る──「ママ」たちによる出版コレクティブ
台湾のレズビアンカルチャーでは、クィアな知の循環が起こっています。FLINTA queerを中心とする独立系パーティとして、台北では浪漫銀河大舞廳のほかに「nectar」が異彩を放っています。nectarではDJによる音楽やドリンクに加え、地元のクィアアーティストによるパフォーマンスやマーケットが催され、多彩な表現が生まれる場となっています。

淡水河の畔で開催された「nectar」の屋外パーティに参加した際、ブースを出展していたのが「淑女俱樂部」でした。彼女たちは『女朋友』(1994〜2003)をはじめとする歴代のレズビアン雑誌や書籍を並べ、クィア女性たちの執筆の歴史について青空講義を行っていました。淑女俱樂部は、自らを「淑女」と称するレズビアン婦妻、瑞趣(みずき)と草莓(いちご)による出版コレクティブです。ともに会社員としての本業を持ちながら、台湾のクィア女性の生活空間や歴史の再構築に取り組んでいます。クィア関連文献を集めた自宅の本棚を開放し、お気に入りの本を持ち寄って語り合う「閲覧室」という試みから始まり、回を重ねるごとに外部空間や他団体との協働へと活動の輪を広げてきました。正典化された歴史や主流のジェンダー記述からこぼれ落ちがちな、クィア女性たちのミクロな日常、身体、性、文化を、アートZINE「淑女俱樂部」(2023〜)で記録し、可視化しています。


私自身、淑女俱樂部とnectarで知り合って以来、パートナーも含めた台湾と日本のレズビアンカップル同士として親交を深めてきました。私たち4人の間で定期的に送り合っている交換日記は、淑女俱樂部によって「台日女同志交換日記」シリーズ(2026〜)として出版されています。
彼女たちは国内外のアートブックフェアへの参加、独立書店での展示、教育機関やクィアイベントでの講義を通じ、草の根のレズビアンカルチャーや当事者の人生経験を広い社会へと届けています。その過程で友情を育み、コミュニティに還元していく姿勢から、Z世代のクィアたちからは「ママ」と親しみを込めて慕われています。ユーモアあふれる言葉遊びやテーマに応じたコスプレで行う講義など、笑いを誘うユニークな表現スタイルも魅力的です。過去のクィア史と現代の私的な生活実践を結ぶ淑女俱樂部の実験的な試みは、現在進行形のクィアカルチャーのアーカイブ活動と言えます。
活動拠点:台北を中心に活動
公式Instagram:@redisukurabu
Linktree:https://linktr.ee/redisukurabu





























