KEYWORD 4:「女性」であるということ
──美術分野におけるジェンダーギャップ
近年、性差別やジェンダーギャップの是正に向けた世界的な動きが活発化するなかで、日本の美術分野においても、男性偏向の美術史の見直しや、女性の作家の再評価が進んでいる。多田の世代の女性にとっては社会でキャリアを築くよりも、家庭に入ることが一般的であった。30代から大規模な作品を実現し、名だたる賞の数々を受賞した多田には様々な評価が寄せられた(*6)。
多田の作品や制作態度は、しばしば「女性とは思えない」という視点から評価された。詩人で評論家の大岡信による「多田美波が『女流』という限定語をつけて語る必要のまったくない数少ない芸術家の一人である」(*7)という言葉が逆説的に示すように、当時の社会における女性の立場は今日以上に弱く、女性の作家へのまなざしは差別的であった。多田自身、男性たちに「(多田美波に)あんな作品作れるはずない。男がついて作っている」(*8)と噂された思い出を振り返っている。

多田がともに仕事をした建築家や技術者、美術評論家のほとんどが男性であった。以前、筆者は多田美波研究所にうかがった際、多田が現場で苦労をしたり、不平等な評価のあり方に悩んだりすることもあったのではないかと質問したことがある。70年代より同研究所に入り、長年多田を支えてきた所長の岩本八千代氏は、晩年まで膨大なプロジェクトを抱えていた多田は自分のことに夢中で、そんなことを気にする暇もなかったのではないかと、微笑みながら答えられた(*9)。
あらゆる試練を乗り越えて新しい道を切り拓いてきた多田の実践は、他の追随を許さない広がりをもつものである。巨大な野外彫刻の曲面をミリ単位で決めていく態度は、多田の理想の厳密さを物語っているが、いっぽうで、初期のシリーズ「周波数」のタイトルからはチャーミングで大胆な人柄がのぞく。タイトルの冒頭につく「3730」は、じつは「373(ミナミ)」「0(タダ)」を意味している。女でも男でもなく、軽やかに領域を跨いで活躍する「多田美波」という存在が当初から予見されていたかのようである。
KEYWORD 5:わたしたちの「多田美波」
──作品保存に向けた取り組み
野外彫刻や公共空間のなかの造形に取り組んできた多田の真髄は、人々が行き交う街のなかにある。多田の活動の全貌を展示室のなかで見せることは非常に難しいのだが、本展においては建築空間における代表的な造形のパーツの展示や、《チェーンデリア》(1963)、《瑞雲》(1973)などの光の造形の再構成によって、その魅力が紹介されている。全国各地の作品のスライドショーや、《スペース》(2009)の屋外展示も、展覧会の見どころのひとつである。

素材への飽くなき探求心によって生み出された作品は、いまでも数多く現存している。たまたま通りかかったビルや、地元の公共施設、あるいは、ふと訪れた旅先のどこかで多田の造形に出会うことができるだろう。
展覧会の後半の「作品をケアし、残すこと」というパネルで言及されているように、作品が設置されている施設の老朽化や、素材の劣化などによって、残念ながら一部の作品はすでに失われている。作品を長期的に保存していくためには、定期的なコンディション・チェックやメンテナンスを行うことが望ましいのだが、それらを管理する団体には専門的なスタッフや、メンテナンスのための予算が伴わないケースもあり、今後の課題は多い。多田美波の魅力を伝える本展によって、各地に存在する多田の作品に関心をもつ人がひとりでも増えることを願っている。
*6──由本みどり「多田美波の進化-美術史的観点から」『多田美波-光、凛と ゆれる』図録、torch press、2026、151頁。
*7──大岡信「多田美波の創作原理」『多田美波』平凡社、1990、164頁。
*8──註1に同じ、10頁(括弧内筆者)。
*9──筆者の聞き取りによる(2024年2月16日)。
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