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30人が選ぶ2025年の展覧会90:古川美佳(朝鮮美術文化研究)

数多く開催された2025年の展覧会のなかから、30人のキュレーターや研究者、批評家らにそれぞれ「取り上げるべき」だと思う展覧会を3つ選んでもらった。今回は朝鮮美術文化研究・古川美佳のテキストをお届けする。

文=古川美佳

ハ・ジョンナムによるパフォーマンス《解きまた息をする》(2025) © KIM_Jiwoon

 日韓国交正常化60年の今年12月に横浜美術館では「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」展が開催(2025年12月6日〜2026年3月22日)、両国の共鳴をたどる必見の内容だ。だがいっぽうで、「いつもとなりにいる」のに直視されてこなかったのが朝鮮半島との関係であり、北側の朝鮮民主主義人民共和国とはいまだ正常な国家関係を確立することができていない。この国で忌避されてきた矛盾や葛藤を「我がこと」として生きてきた者たちを照らす展示を取り上げたい。

第10回在日コリアン女性美術展「パラムピッ」(品川区民ギャラリー、3月20日~24日)

金聖蘭 出会い―悠久の時を越えて 2025 朝鮮画 © 金学柱

 朝鮮学校の美術教育者、出版社や企業などで働く者、子育てや介護など様々な立場で創作を続ける在日朝鮮人女性たちが集まって、「パラムピッ=風と光」、すなわち「風を起こし、光を放つ」展覧会を立ち上げたのが1994年。紆余曲折を経て30年の今年、10回展を開くに至った。祖父母や両親たちが生まれ育った祖国の分断、絡み合う日朝・日韓関係等を自分たちの生活とは切り離せない「生きた歴史」として独自の感性を育んできたのが彼女たちだ。高句麗壁画の伝統を現代にむすぶ金聖蘭、「食べて生きる」女性たちの明るさと強靭さを描く金蓉子、温もりある抒情を伝える柳純華などの表現には、埋もれてきた在日女性たちの存在を可視化し、民族のアイデンティティを次世代につなぐ使命感がある。それら作品群の偽りのない真摯さが、ゆがむ社会に光を放つ。

立命館大学コリア研究センター創立20周年記念展覧会 宋満圭「民衆美術、私の真景山水」展(atlas518、6月17日~29日)

展示風景より © 稲葉真以

 今日の日韓関係の促進は、韓国市民自らが勝ち取った民主化なしでは語れない。今回日本で初個展を開いた宋満圭(ソン・マンギュ)も軍事独裁打倒を掲げ、1980年代民主化運動と呼応する「民衆美術」に身を投じたひとりだ。だが「民主化」を迎えた後、運動の英雄主義に疲弊し自己格闘するなかで出会ったのが、故郷全羅道のソムジン江(ガン)だった。「互いに差別せず、つなぎ合わせ、線引きせず引き裂かない」水に魅了され、やがてマンギョン江やイムジン江、トゥマン江などの川を真景山水という朝鮮時代後期の水墨画技法で描いていく。

 宋が育った地域は、日本の植民地時代には肥沃な地として水利組合が発達し、日本人地主たちが朝鮮人から米を搾取し日本に運んだ。つまり、川は帝国主義の侵略の道筋にもなったのだ。したがって宋の筆が描き出す川は、風光明媚な風景画というより、アイロニーに満ちた「政治性」をも孕む「現実を映し出す現代の民衆山水画」(本展企画者・稲葉真以)なのである。

ウトロ・アートフェスティバル 2025(ウトロ平和祈念館、ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川、同志社大学、10月10日〜11月10日)

大木戸美緒《Inbetween》の展示風景 Flag installation at the Villa Kamogawa, 2025 © UAF2025

 「強制退去の暴挙」を「抵抗の奪取」に変貌させた京都府宇治市伊勢田町の在日朝鮮人居住区「ウトロ」の歴史や営みを基軸にすえ、ディアスポラや分断、反移民、排外主義をアートによって見つめ直そうというフェスティバル。企画者は在独コリアン劉載鉉(ユ・ジェヒョン)芸術監督、韓国光州在住の丁玄珠(チョン・ヒョンジュ)チーフ・キュレーターら。

 「移動、暮らし、希望」をタイトルに集まったのは、パレスチナとイスラエルの対立からドイツの「記憶文化」を問う藤井光、沖縄とウトロを重ね合わせ反植民地・反戦を示す照屋勇賢、日本・韓国・朝鮮の国旗をアレンジし所属する集団とアイデンティティを物語る大木戸美緒など多角的な表現だ。さらに在日コリアンにのしかかる重荷を振り払うハ・ジョンナムのパフォーマンス、そしてかつて光州民衆抗争で闘った「生命平和美術行動」によるコルゲ・クリム(大型の掛け絵)も掲げられた。居心地の良い文化が享受される日本で、その足元を侵食する抑圧的な力に抗う意思が、この試みによって示された意義は大きい。

編集部