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30人が選ぶ2025年の展覧会90:池田佳穂(インディペンデントキュレーター)

数多く開催された2025年の展覧会のなかから、30人のキュレーターや研究者、批評家らにそれぞれ「取り上げるべき」だと思う展覧会を3つ選んでもらった。今回は、インディペンデントキュレーターの池田佳穂によるテキストをお届けする。

文=池田佳穂

「シャルジャ・ビエンナーレ16:to carry」展示風景より、モニラ・アル・カディリ《Gastromancer》(2023) Photo by Danko Stjepanovic

「シャルジャ・ビエンナーレ16:to carry」(シャルジャ・シティほか 2月6日〜6月15日)

「シャルジャ・ビエンナーレ16:to carry」展示風景より、ホルヘ・ゴンザレス・サントス《Jatibonicu(People of Sacred High Waters)》(2024-25)

 1993年からアラブ首長国連邦・シャルジャで開催されている芸術祭。 文化・歴史・記憶・コミュニティなどを「たずさえる/継承する」という意味を持つテーマ「to carry」のもと、背景の異なる5名の女性キュレーターがそれぞれ呼応しながら、空間やナラティブを共同で編み上げる多声的なキュレーションが展開された。さらに会期プログラム「エイプリル・アクト」では、アジア・ヨーロッパ・アフリカの結節点という土地性を踏まえた企画が並び、トランスローカルなネットワークの広がりが可視化されていた。 近年関心が集まるグローバル・サウスを考えるうえで、30年以上にわたる本芸術祭の実践は、今後ますます重要な示唆をもたらすと感じる。

「望月桂 自由を扶くひと」(原爆の図 丸木美術館 4月5日~7月6日)

「望月桂 自由を扶くひと」展示風景より 提供=原爆の図 丸木美術館

 望月桂は、日本でもっとも早いアンデパンダン展のひとつ「黒耀会」を結成した芸術家。本展は、黒耀会に加え、一膳飯屋「へちま」や労働者のための絵画教室「平民美術協会」など(驚くべきことにまだほかにもある)望月の多岐な活動と、それらに通底する自由と扶助の精神を紹介するものだった。個人的には、ドクメンタ15以降注目される相互扶助や生活と芸術実践の結びつきが、大正期の日本ですでにラディカルに展開されていたことは、本展を通じて広く知られてほしい。展示では貴重な資料だけでなく、卯城竜太、風間サチコ、松田修といった現代アーティストが、展示監修、タイトル制作、映像作品などで関与し、現代の視点から大正期の前衛へとアプローチしていた。日本の美術史をとらえ直す展覧会といえるだろう。

「非常の常」(国立国際美術館 6月28日〜10月5日)

「非常の常」展示風景より、高橋喜代史《Free》(2024-25) 撮影=松見拓也

 「非常の常」とは、本来例外であるはずの非常時が日常化する状態を指す。本展はこの言葉を手掛かりに、東アジア・東南アジアを拠点とする作家と、西アジアを扱う作家の計8名を紹介し、地域が抱える歴史的・社会的な緊張が響き合うような構成となっていた。8名のうち、地理的境界や時間の分断・積層を想起させる米田知子の写真を除く7名は映像インスタレーションを出展し、見えない緊張や気配さえも観客の身体に働きかける体験を生んでいた。戦争、災害、移住、労働、境界、監視、情報社会など複数の「非常」が示され、危機や不安が構造的かつ複合的に生活を形づくる現実のなかで、非常が常となる世界をどう生きるかを静かに問う展覧会だった。

編集部