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櫛野展正連載「アウトサイドの隣人たち」:内なる世界のクロニクル【3/4ページ】

 彼の作品には、1枚の画面のなかで複数の物語が同時展開されているものがある。これは、浮世絵の「異時同図法」のように、異なる時間や場所の出来事をひとつの画面に収める表現技法と共通する。また、コマ割りが施されて漫画のようになっているものもある。さらに、右下に「おわり」と記載されている作品も見られることから、欧米のコミックのように左から右へと読むスタイルで物語を構成している可能性がある。こうした構成の仕方をいったいどこから習得しているのか、まだ謎は尽きることがない。

 特筆すべきは、彼の漫画表現に見られる文字の圧倒的な密度だ。彼はセリフや説明ではない独自のアルファベットや漢字のような記号を画面全体に刻み込み、音の強弱を線の濃さで表現した視覚的な言語として昇華させている。外部の音や言葉に対する困難といった彼がこの現実世界で抱えている葛藤。その真意は定かではないが、この内なる力による創造こそが、彼にとっての必然的な自己解放であることを示唆している。

 興味深いことに、彼の作品のなかには画面が真っ黒に塗りつぶされたものもある。伊藤愛さんの話によれば、これは以前描いていた戦艦などの戦闘場面を、紙の上でアニメーションを展開させるかのように、線を重ねて描き続けた結果、行き着いた表現であるという。このダークな作風での作品制作を、彼は驚異的な速さで描いている。その作風と制作時の喜びのギャップこそが、彼の創作活動が、外部のノイズに対する彼の魂の解放であることを物語っている。

 彼の作品の異質さは、画面全体に刻まれたこの「文字」にある。書き込まれた記号は、主人公のセリフを描写しているのではないかと推測されるが、スペルは合っていないものの、日本のDVD表紙や映画のフライヤーを模してイメージだけで記憶し、雰囲気を醸し出している。言語によるコミュニケーションがうまくいかない冬馬さんにとって、この独自の文字は、言葉に対する抑圧を解消する試みであり、彼の魂の叫びではないだろうか。とくに、彼の描くキャラクターの周囲に見られる「wwwww」といった連続した記号は、市販のキャラクター図鑑やゲームの攻略本に載っている、キャラクターの紹介文や詳細なデータ表記を、視覚的な模様として模写したものである可能性が高い。これは、内容ではなく「文字がある」という視覚的印象を再現しようとした結果と言える。

甲谷冬馬さんによる作品

 冬馬さんの創作のすべては、誰かの評価を求めるものではなく、聴覚過敏という世界のノイズと、言葉の困難さという自己の内なる壁と戦うために、無意識のうちに生み出し続けた「内なる世界の記録」である。彼はすでに、タブレットでコマ撮りソフトを使いアニメ制作まで行っており、『TODCi ANiMATiON WORLD』をすべて総括するアニメーターとなっている。

編集部

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