ターナーの視点と重なる変革する現代
──ターナーの評価についてうかがいます。生涯を通じて高い評価を受け続けた画家と言えるのでしょうか。
富岡 そうですね。晩年になるにつれて、対象を明瞭に描かない作風になったことで、一般鑑賞者の理解を超える部分があり、「絵が上手く描けなくなったのではないか」といった批判を受けたのは事実です。しかし、同時代の批評などを見ると《雨、蒸気、速度》(1844)なども評価されています。批判もあったとはいえ、芸術的な評価というのは生涯を通じておおむね高かったと言えます。

──ターナーは1851年に亡くなります。死後の評価、そして後続の画家に与えた影響はどのようなものだったのでしょうか。例えば、19世紀後半にイギリスで隆盛したラファエル前派とターナーの画風は一見すると連続性があまり感じられません。
富岡 ラファエル前派は、光や大気のなかで形態を溶け合わせるターナーの作風とは大きく異なります。直接的なつながりを見出すのはたしかに難しいかもしれません。しかし、ターナーを絶賛していたジョン・ラスキン(1819〜1900)はラファエル前派の画家たちも高く評価しています。両者には「世界や自然を正しく見ようとする」という共通点がありました。
直接的に「風景画としてのターナーの後継者」の名を挙げるのは難しいのですが、現代美術において世界的な権威を持つ賞である「ターナー賞」にその名が冠されていますし、イギリスの20ポンド紙幣の肖像画にも採用されています。イギリスにおいてはいまに至るまで国民的画家であり続けています。
──最後に、世界の情勢や社会の状況を踏まえたうえで、現代においてターナーの作品を見る意義や、学ぶべき点を教えていただけますか?
富岡 ターナーが生きた時代と、私たちがいま生きている時代は深く関連していると考えています。18世紀後半に始まる産業革命が世界を一変させたように、現代では「AI革命」とでも言うべき事態が起きていて、人間の思考が機械に置き換わろうとしています。
産業革命の資金形成に奴隷貿易や奴隷制プランテーションの利潤がどの程度関与したかについては議論がありますが、当時のイギリスの経済的繁栄が奴隷制と無関係ではなかったことは確かです。現在も、生成AIを提供する企業の多くがアメリカと中国に集中し、膨大な電力を消費し、サーバーの冷却のために大量の水を必要としています。つまり、特定の国や大企業に資源が集中し、それが環境問題を引き起こしていくという課題を抱えています。ターナーの時代も同様でした。川や空が工場から排出される有害物質で汚染され、人体に影響が出始めました。人間の活動によって地球環境が一変しようとする現代と通底する問題が、当時も存在していました。
産業革命によって鉄道が敷かれて蒸気機関車が走り、移動効率が飛躍的に向上したとき、その技術革新の背景にある経済的・社会的な条件についても考えをめぐらせることが、現代においても求められているはずです。表面的な変化の裏にある、複雑で不透明なシステムが見えてきます。ターナーはたんに表面的な「現象」を描くだけでなく、その奥に潜む「システム」そのものをも見つめていた画家だったと、私は考えています。世界が一変する時代を生きる私たちにとって、彼が見せてくれたその視点や世界観は、現代社会を考えるうえでも非常に多くの示唆を与えてくれると思います。



















