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名分とポリフォニー──多言語政治における主体の生成。謝以恭評「恵比寿映像祭2026:あなたの音に|日花聲音|Polyphonic Voices Bathed in Sunlight」【2/3ページ】

陽光が降り注ぎ、周りが明るく澄みわたるとき、私はどこに立てばよいのだろうか

 張恩満(チャン・エンマン)の作品は、展覧会タイトルのイメージをもっとも明確に体現している。展示照明がカジノキをかたどったガラスの舟を透過し、床に投影される。カジノキとカタツムリが交錯して描く移動の軌跡は枝のように外へと広がっていく。作家は先住民族のカタツムリ料理に着目し、カジノキの樹液がカタツムリの粘液を取り除き、日常の食材へと変えることを示している。この語りは味覚の記憶にとどまらず、ローカライズの物質的実践そのものである。カタツムリの歴史的な移動は抽象的な離散ではなく、身体と土地との反復的な交渉を通じて、共生関係を生成してきた。

展示風景より、手前は張恩滿《カタツムリ楽園三部作-出航か終章か》(2021) 高雄市立美術館蔵 撮影=新井孝明 写真提供=恵比寿映像祭2026

 いっぽう、チョン・ソジョンの《シンコペ》(2023)は、ラテンアメリカ原産の着生植物エピフィルムを用い、異なるかたちの「移動」を語る。デジタル空間に広がるエピフィルムは、物理的制約を超え、境界を越えて伸びていく現代人の生き方を象徴している。韓国生まれでフランスに養子として渡り、のちにインドネシアへ移住したガムラン奏者と、日本生まれで朝鮮半島で伽倻琴(カヤグム)を学び、ソウルに定住した在日コリアン三世の演奏者。彼らの軌跡は、国境を横断する流動の縮図である。

 作品のなかで、2人はいずれも率直にアイデンティティの緊張を語っている。前者は、フランスで育った幼少期に挫折や差異によって感じた疎外感を回想し、かつては自分が白人になりたいと願ったことさえあったと語る。後者は、日本にある韓国学校を紹介するなかで、在日コリアンが韓国文化のアイデンティティを持ち続けられることへの期待と願いを表明している。

 しかし、移動することは必ずしも離散を意味するのだろうか。故郷を離れれば、必ず失われたものを求め続ける存在になるのだろうか。

 否定しがたいことに、私たちは作品のなかに、移動と適応の過程において人々が抱く自己と故郷へのわだかまりや執着を見て取ることができる。そうした感情はたしかに存在し、人とともに生き続けている。デジタルのエピフィルムは、現代社会における自由な拡張を象徴するだけでなく、故郷にとどまり続ける感情が、現代においていっそう宙づりとなり、方向を失っている状態をも示しているのかもしれない。

 このような感情を抱えたまま張恩満の作品をあらためて見つめると、そこにはまったく異なるもうひとつの集団のあり方が浮かび上がってくる。台湾の先住民族は移動していない。むしろ南島語族の「台湾起源説」(Out of Taiwan Hypothesis)によれば、台湾は南島諸族およびカジノキの発祥地と見なされており、カジノキはその根拠として繰り返し言及されるきわめて重要な証拠とされている。

 しかし皮肉なことに、彼らは近代以降、強制的に単純化され、「番仔(ファンア)」という侮蔑的な呼称で呼ばれてきた。1984年からの正名運動を経て、1994年に「原住民」という呼び方が憲法に明記され、1997年には「原住民族」と改正された。

 この歴史は苦難や闘争、さらには流血さえ伴うものであった。それでも、張恩満の作品とそのまなざしのなかに私が見るのは、出自への誇りである。16の民族が全体として、あるいはそれぞれに主体性を求めてきた長い過程において、彼らは離散してはいない。それでもなお、自らのルーツに対する複雑な感情を抱え続けてきたのである。

 この視点から《シンコペ》における「名」の揺らぎを振り返ると、離散は決してアイデンティティの動揺をもたらす唯一の前提ではないことがわかる。たとえ土地を離れたことがなくとも、「名」は奪われ、書き換えられ、あるいは奪い返されねばならないことがある。

チョン・ソジョン《シンコペ》(2023)の展示風景 Courtesy of the Artist. Photo by Nakagawa Shu

 原住民族にとってそれは、16の民族それぞれが固有の文化的文脈と固有の言語主権を取り戻す過程でもあった。この復権はイデオロギーにとどまらず、教科書や国会の議席といった制度のなかにも反映され、さらには彼らのパスポートにも記されている。名前は漢字で表記されていても、その意味と発音は祖霊と土地の記憶を宿す族語に由来する。彼らはもはや受動的に見られる存在ではなく、自ら歴史を書き記す主体である。かつて汚名を着せられた日常の断片のなかから、民族としての尊厳と誇りをあらためて拾い上げているのである。

編集部