ファン・ゴッホ最晩年の傑作《ポプラ林の中の二人》
本展の大きな見どころのひとつが、フィンセント・ファン・ゴッホの《ポプラ林の中の二人》(1890)だ。
1890年7月に37歳で世を去ったファン・ゴッホが、最晩年に制作した作品のひとつであり、ベルもシンシナティ美術館を代表する重要な所蔵品として紹介した。画面には、背の高いポプラの木々が立ち並ぶ林のなかを歩く2人の人物が描かれている。紫がかった木の幹は画面を垂直に横切り、その足元には緑や黄色、白、オレンジの草花が広がる。木々の先端は画面の外へと切り取られ、人物たちは林のなかに包み込まれているかのようだ。

ファン・ゴッホは1890年6月、弟テオへの手紙のなかで、横約1メートル、縦約50センチという珍しい横長の画面に取り組んでいることを伝えている。さらに7月初めの手紙には、ポプラ並木のあいだを歩く2人の人物のスケッチも残されている。
高い視点から捉えられた林の風景では、人物以上に草木の繁茂や木々の垂直性が強調されている。鮮やかな色彩の対比は、自然の姿を忠実に再現するためだけではなく、画家自身の感情を表現するためにも用いられた。ベルは、同作を画家の生涯の最後の数週間に制作された作品として紹介し、その色彩や構図がもたらす独特の印象に言及した。ファン・ゴッホが死の直前まで続けていた表現上の探究を伝える一作だ。

同じポスト印象派のセクションでは、ポール・ゴーギャンの《マハナ・マア》(1892)も展示される。タヒチで制作された同作をはじめ、印象派以降の画家たちが、色彩や構図、主題を通じて独自の表現を切り開いていった過程が紹介される。

キュビスムから表現主義へ。20世紀のモダニズム
最後の章「モダニズム」では、20世紀に入り、ヨーロッパの美術家たちがさらに多様な表現を展開していく様子をたどる。
オスカー・ココシュカやアレクセイ・フォン・ヤウレンスキーの作品には、強い色彩や変形された形態を通じて、画家の内面や感情を表現しようとする姿勢が見られる。いっぽう、パブロ・ピカソの《グラスとレモンの静物》(1910)は、キュビスムが成立していく時期の作品だ。対象を単一の視点から描く従来の遠近法とは異なり、複数の視点から捉えた形態を分解し、再構成することで、絵画の新たな可能性を探っている。ベルは、ピカソとジョルジュ・ブラックによるキュビスムの実験を、二次元の画面に世界をどのように表すかという根本的な問題を問い直したものとして説明した。

また、マルク・シャガールの作品では、現実の風景や人物に幻想的なモチーフが重ねられ、個人的な記憶や精神世界が表現されている。こうした抽象化や形態の解体が進むいっぽう、20世紀の美術が具象表現を放棄したわけではない。ベルは、モダニズムが抽象への一方向的な発展ではなく、そのなかで風景や人物を描く表現が様々なかたちで継続してきたことも強調した。

展覧会の最後を飾るのは、スイスの画家フェルディナント・ホドラーによる《聖なる時間》(1907-11頃)だ。ホドラーは、人物や自然の形態を反復し、対称的に配置することで、自然界に存在する秩序や調和を表現しようとした。その独自の思想は「平行主義」と呼ばれる。ベルは、こうしたホドラーの表現が、自然と人間を結びつける視点を示していると説明する。近代美術の変遷をたどってきた展覧会は、形態や色彩の革新だけでなく、芸術を通じて世界をいかに理解し、表現するかという問いへと立ち返る。

アメリカに渡ったヨーロッパ美術の歴史
本展は、ヨーロッパ近代美術の主要な動向を紹介すると同時に、それらの作品がどのようにアメリカへ渡り、収集されてきたのかを知る機会でもある。
ベルによれば、今回出品される作品のなかには、かつてフランスの皇帝やザクセン王が所有していたもの、第二次世界大戦中に接収されたもの、ナチス・ドイツから逃れる際に所有者によって持ち出されたものなど、複雑な来歴を持つ作品も含まれている。
1881年の設立以来、市民たちの寄付や支援によって発展してきたシンシナティ美術館。そのコレクションを日本で紹介する本展は、ヨーロッパ近代美術の変遷をたどるとともに、美術作品が国境を越えて移動し、新たな場所で保存・研究されてきた歴史にも目を向ける機会となっている。
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