最後に紹介するのは、展示室1室すべてを使って展開される「松田ペット」の手描きの看板絵とその関連作品だ。長岡にあるペットショップ「松田ペット」は、店舗を中心にその半径10キロほどに店舗を複数展開、その周辺に三頭の犬が並ぶ独特の味わいの看板を掲出している。この看板は「例の看板」とも呼ばれ、近年は街の名物として全国的に紹介されるようになり、グッズ化も果たすようになったので知っている人も多いだろう。このセクションでは「例の看板」を研究してきた新稲ずなをゲストキュレーターに迎えている。

「例の看板」の基本フォーマットは、藤井いわく「釈迦三尊」のようにビーグル、チワワ、ヨークシャーテリアが3匹並び、こちらを見つめ返してくるというもの。これまでに累計900枚以上が描かれ、掲示されたと考えられており、長岡市民の生活の片隅にいつもある看板だ。会場には迫力ある実物の看板が並び、さらに制作の過程や、看板の裏を再び再利用する様子などが実物とともに解説されている。

いっぽうで、本展覧会ではこの看板が複数の絵師によって、微妙な変遷を経ながらも、形式を維持してきたことが解説される。2023年ごろ、40年にわたりこの看板を描いてきた小千谷市の看板職人・近藤忠男は高齢になったために、この「例の看板」の仕事を2代目の青柳勤一へと継承した。しかしながら、それは昨年公表されるまでほとんどの人が気がつかなかったという。さらに近藤忠男の子息である近藤淳一が描いたものも存在し、実際に見比べるとそれなりの差異を認めることができる。これは、市民が共有している文化であるからこそ、その差異がとくに気にされなかったということであり、街場に作品があることと、美術館に作品があることの差を考えるうえでも重要な視座を提供してくれる。

藤井は、本展を否定からつくったという。「アウトサイダー・アートの展示ではない」「文化人類学や民藝ではない」「大文字の『美術』を転倒したいわけではない」などだ。ここに展示されてるのは、人々の傍らにいつも佇んでいる「路傍」的存在であり、生活に密着した「小芸術」である。「路傍小芸術」というタイトルにはそのような藤井の思惑が込められていると考えていいだろう。

「路傍小芸術」は、街の人々の日々の生活の傍らに佇む。それらはあくまで世間話のレベルで語られたり、あるいはSNS等で瞬間的に流行したりすることもある。ただ、それをどこかに留めて、いつでも引き出せる視点を与えないことには、閉店していく銭湯、崩れゆくセメント彫刻、属人的な看板やポスターは、それを見ていた人の記憶とともに忘れられてしまう。また、例えば2007年の新潟県中越沖地震のような、地域の人々が決して忘れることができない出来事の断片が、いまにも忘れられそうなもののなかに刻まれていたりもする。今回、美術館のホワイトキューブに路傍が持ち込まれたことで、これまで口述のなかにしかなかった路傍の存在が、交歓可能な言語として立ち上がった。本展のもっとも重要な点はそこにあるのではないだろうか。美術館は場として、人々の良き路傍になることができるか。そんな挑戦をぜひ会場で体験してほしい。



















