本展は長い廊下を進むことから始まる。この廊下と展示室を組み合わせて、1995年という時代の記憶を呼び覚ますのが、水戸芸術館でも個展を開催している田村友一郎だ。田村の展示はまさに本展が開催されるその背景を総覧するような展示といえるだろう。
田村は、同館の長い廊下を「橋掛かり」に、展示室を能が行われる「本舞台」に見立て、能の代表的な演目のひとつ『高砂』をモチーフとしたインスタレーション《高波》をつくりあげた。
橋掛かりには通常、一本松、二本松、三本松と、等間隔に3つの松が植えられる。田村はこれをアニメ『サザエさん』の背景美術を思わせる、庭の盆栽のイメージとして表現し、館の廊下の階上に設置。そして、その直下には割れて砕けた松の絵を用意した。
なぜ『サザエさん』を想起させる松のイメージを使用したのか、という疑問が湧くが、これは震災の日の1995年1月17日の新聞の朝刊から着想したものだ。阪神・淡路大震災は5時46分に発生したため、当日の朝刊は震災については触れられておらず、一面には関係のないニュース記事が並ぶ。そして番組表には磯野家の日常を描く国民的アニメ『サザエさん』の再放送予定が記載されている(もちろん、実際には報道番組となり放送は見送られた)。日常の表徴であったアニメと、そのイメージから零れ落ちて割れた松が接続することで、震災によって日常が変わってしまったことが物語られている。
橋掛かりから続く本舞台に見立てられた展示室には、板ガラスに松の画像を4色のシルクスクリーンで印刷し、アルミフレームにはめこんだ「窓」をはじめ、様々なものが配置されている。この天井から吊り下げられた「窓」は、震災の発生した95年に発売され、インターネットを世界中の家庭に普及させて世界を変えたといえるマイクロソフト社のOS「Windows95」がひとつのモチーフとなっている。
ほかにも田村は、来たるべきインターネット時代を全社員に呼びかける、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツのメール文面や、古川清、榎忠、松井憲作らによる神戸の前衛美術グループ「JAPAN KOBE ZERO」による、美術館の窓を外して六甲山地の松を館内に運び込んだインスタレーションの記録など「窓」にまつわるモチーフをつなぎ合わせて、95年という時代を表現。当時を知る人も、知らない人も、あの時代にあった複雑なレイヤーを認知することになる。