第1章「私を見捨てないで」では、ブルジョワが一生を通じて抱えた見捨てられることへの恐怖などを表現した作品が展示。とくに人間関係や感情の起伏など、幼少期に感じた孤独感や家族の複雑な関係から生まれた作品が紹介されている。
例えば、最初の展示室では、精神の不安定さが身体表現や肉体にどのように現れているかを示した彫刻作品が並んでいる。アソシエイト・キュレーターの矢作は、「ブルジョワは、精神と肉体は切り離されたものではなく密接につながっていると信じていた」と話す。1950年代に入り、彼女は精神分析の治療を受けるようになり、その時期の作品には性器や耳、頭、腕など、身体の断片がモチーフとして多く登場している。
展示室の壁には、ブルジョワが精神分析を受けていた際の夢日記や記録からの言葉をもとに、米国のコンセプチュアル・アーティスト、ジェニー・ホルツァーが制作した映像作品が展示。これを通じ、ブルジョワが感じていた不安や恐怖をより理解することができるだろう。
次の部屋には、巨大な蜘蛛の彫刻《かまえる蜘蛛》(2003)が出現。ブルジョワにとって、蜘蛛は母性を象徴するモチーフであり、獲物に飛びつく準備をするような姿勢をとる蜘蛛は、子供を守る側面と、危害を加える者に対して攻撃する暴力的な側面という、母性の相反する側面を表現している。
続くセクションでは、母親をテーマにした彫刻作品や、母親から授乳を受けている子供が描かれたグアッシュ作品が紹介。また、第1章の最後の展示室では、手をつなぐカップルをテーマにした巨大な彫刻作品が展示されている。上部に飾られている40枚組のドローイング《午前10時にあなたがやってくる》(2007)は、手書きの五線譜にブルジョワ自身と、彼女を30年間支え続けたジェリー・ゴロヴォイの手が描かれており、日常のルーティンによってもたらされる精神的な安らぎが感じられる。