ブルジョワの芸術地獄。9月に森美術館で開催される「ルイーズ・ブルジョワ展」の見どころとは

森美術館で、「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」が9月25日から開催される。日本では27年ぶり、またブルジョワの国内最大規模の個展となる本展では、アジア初公開の作品を含めて約100点の作品が展示される。

ルイーズ・ブルジョワ かまえる蜘蛛 2003撮影=Ron Amstutz © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

 森美術館で、「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」が開催される。会期は9月25日〜2025年1月19日。

 ブルジョワは1911年、パリでタペストリー専門の商業画廊と修復アトリエを経営する両親の次女として生まれた。父親の支配的な態度や病気の母親の介護が幼少期のブルジョワに罪悪感や裏切りの感情、見捨てられる恐怖心を植え付けた。32年、母親の死去をきっかけにソルボンヌ大学の数学科に入学するも、アーティストとしての道を志す。パリ国立高等美術学校やエコール・デュ・ルーブルなどで学び、フェルナン・レジェのスタジオにも通った。38年、アメリカ人美術史家のロバート・ゴールドウォーターと結婚し、ニューヨークに移住。40年代半ばから作品を発表し、57年にアメリカ市民権を取得。82年にはニューヨーク近代美術館で女性彫刻家として初の大規模個展が開催された。

自身の版画作品《聖セバスティアヌス》(1992)の前に立つルイーズ・ブルジョワ。ブルックリンのスタジオにて 1993
撮影=Philipp Hugues Bonan 画像提供=イーストン財団(ニューヨーク)

 その後、89年にフランクフルト芸術協会(ドイツ)でヨーロッパ初の個展を開催し、93年にはヴェネチア・ビエンナーレのアメリカ館代表を務める。以降も、ポンピドゥー・センター(パリ、1995)、横浜美術館(1997)、テート・モダン(ロンドン、2000)などで重要な個展を開催し、2010年に死去。没後も、バイエラー財団(スイス、2011)、メトロポリタン美術館(ニューヨーク、2022)、ベルヴェデーレ美術館(ウィーン、2023-24)など、世界各地の主要美術館で個展が続けられている。

 70年にわたるキャリアのなかで、ブルジョワはインスタレーション、彫刻、ドローイング、 絵画など、様々なメディアを用いながら、男性と女性、具象と抽象、意識と無意識などの対立する概念を探求し、その中にある緊張関係を表現してきた。その作品は、彼女が幼少期に経験した複雑でしばしばトラウマ的な出来事からインスピレーションを得ている。自身の記憶や感情を普遍的なモチーフに昇華させ、希望と恐怖、不安と安らぎ、罪悪感と償い、緊張と解放など、相反する感情や心理状態を表現した。とくにセクシュアリティやジェンダー、身体をテーマにした作品は、フェミニズムの視点からも高く評価されている。

ルイーズ・ブルジョワ ヒステリーのアーチ 1993
撮影=Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY
ルイーズ・ブルジョワ カップル 2003
撮影=Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

 本展は、日本では27年ぶり、またブルジョワの国内最大規模の個展であり、その芸術を代表す約100点の作品が展示。会場は、ブルジョワの創造の源であった家族との関係をテーマに、3つの章で構成されている。

 第1章「私を見捨てないで」では母との関係、第2章「地獄から帰ってきたところ」では父との確執、第3章「青空の修復」では家族の関係性の修復と心の解放が主なテーマとなっている。これらの章により、ブルジョワの作品がどのようにして家族の影響を受け、彼女の表現に結びついているのかが明らかにされる。また、各章をつなぐ小スペースでは、初期の作品を年代順に紹介し、ブルジョワの成長と変遷を追うことができる。

ルイーズ・ブルジョワ 拒絶 2001
撮影=Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY
ルイーズ・ブルジョワ 父の破壊 1974
所蔵=グレンストーン美術館(米国メリーランド州ポトマック) 撮影=Ron Amstutz
© The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

 特筆すべきは、ブルジョワの初期絵画作品の展示だ。彼女が1938年にニューヨークに移住してから約10年のあいだに制作されたこれらの作品は、メトロポリタン美術館やベルヴェデーレ美術館での展示により、近年世界的に高い関心を集めている。本展でもアジア初公開となる作品が含まれており、ブルジョワの創作活動初期における重要なモチーフやテーマが紹介される。

ルイーズ・ブルジョワ 家出娘 1938頃
撮影=Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY
ルイーズ・ブルジョワ 堕ちた女[ファム・メゾン(女・家)] 1946-47
撮影=Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

 さらに、ブルジョワの代表作である蜘蛛をモチーフとした作品も展示される。会場となる六本木ヒルズを象徴するパブリック・アート《ママン》をはじめ、ブルジョワにとって蜘蛛は彼女の実母を象徴する重要なモチーフであり、家庭的な温もりと同時に、捕食者としての威嚇的な側面も併せ持つ。これらの作品を通じて、ブルジョワの芸術における母性の複雑さが表現されている。

ルイーズ・ブルジョワ ママン 1999/2002
所蔵=森ビル株式会社(東京)
ルイーズ・ブルジョワ 蜘蛛 1997
撮影=Maximilian Geuter © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

 展覧会の副題「地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」は、ブルジョワが晩年に制作したハンカチに刺繍で綴った言葉から引用されている。この言葉は彼女の感情の揺らぎや両義性を暗示し、ブルジョワ自身が逆境を生き抜いた「サバイバー」であることを示唆している。彼女の作品群は、戦争や自然災害、病気など、人類が直面する困難を乗り越えるヒントを与えるものでもある。

ルイーズ・ブルジョワ 無題(地獄から帰ってきたところ) 1996
撮影=Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

 また、本展では言葉を用いた作品で知られるジェニー・ホルツァーによるルイーズ・ブルジョワの言葉を使った映像インスタレーションも展示される。ホルツァーは1990年代後半からブルジョワと親交を深め、彼女の文章に強い影響を受けたアーティスト。ホルツァーによるブルジョワの言葉を投影した映像作品は、スイスのバーゼル市立美術館でのブルジョワの個展にも関わった実績があり、本展でもその一部が再現される予定だ。

 さらに、本展ではブルジョワの活動歴とアーカイブ資料が紹介され、彼女の人生や創作の軌跡をより深く理解することができる。ブルジョワが11歳の頃からつけていた日記の抜粋や精神分析の記録の複製、展覧会のチラシ、作家のドキュメンタリー映像なども展示され、彼女の複雑な内面世界が垣間見える内容となっている。

 ブルジョワの作品を通じ、彼女の芸術的探求の深さと人間の普遍的な感情への洞察をぜひ会場で目撃してほしい。

ルイーズ・ブルジョワ 自然研究 1984
撮影=Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY
ルイーズ・ブルジョワ カップルIV 1997
撮影=Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY
ルイーズ・ブルジョワ 良い母(部分) 2003
撮影=Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

編集部

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