今年3月、長野県御代田町に開業した新しいホテル「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田」。その客室やレストラン、ラウンジなど様々なスペースに、10名のアーティストによる多彩な作品が展示されている。
6万平米を超える敷地に建てられた同ホテル。28の客室、レストラン、ロビーラウンジなどを持つ本館に加え、9棟のヴィラ、アートブックが多く揃うライブラリカフェを有するアネックス、温室などが設けられている。
このホテル内のアートをコーディネートしたのは、東京・天王洲と六本木にスペースを構えるギャラリー、KOTARO NUKAGA。田窪恭治を中心とする、ウジェーヌ・アジェ、ダレン・アーモンド、石塚元太良、磯谷博史、植松永次、田幡浩一、三嶋りつ惠、米田知子、マン・レイの10名による100点以上の作品や、縄文土器など合計200点以上の作品を見ることができる。
1軒のフランス料理レストランから始まった株式会社ひらまつが、現在国内7ヶ所に展開するHIRAMATSU HOTELSのキーコンセプトは「記憶に残る日々を」。THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田での作品展示は、訪れるたびに、新たに紡がれる「記憶」を手がかりに行われている。
KOTARO NUKAGAのオーナー・額賀古太郎は、キュレーションの意図について次のように語っている。「『美術作品における記憶』とは何かと考えたときに、美術作品はある意味ただの物質かもしれないが、そこに作家がその意図や表現、思考などを加えることによって美術作品は成立し、当時作家が考えていたことや、その哲学、周りの環境を留めてくれる。そういう意味で、ひとつの記憶する媒体としての美術作品をホテルにインストールするとき、ひらまつの歴史や御代田町の豊かな風土などとどう結びつけたらさらに全体が調和して、そこに滞在する人たちの記憶にも残り、立体的に豊かな滞在体験を持って帰っていただけるかを考えてキュレーションした」。
雄大な自然に囲まれた御代田町からは多くの遺跡が見つかっており、豊かな縄文文化が展開された歴史がある。エントランスでは、同ホテルの建設現場から出土した紀元前2800年〜2500年の縄文土器が来館者を迎える。なかに一歩入ると、三嶋りつ惠のガラス作品《WATER CROWN》(2019)がチェックインラウンジのチェストの上に置かれてあり、エントランスの縄文土器と響き合うように、手仕事の魅力を伝えている。
こうした作品配置の意図について額賀は、「ホテルに訪れた人は4000年以上前につくられた土器を目にし、さらにそこから奥行きのある現代アートと出会うことにより外界のノイズから遮断され、豊かな時空の旅ができる」と話す。
ロビーラウンジに展示されているのは、田窪恭治がホテルのために描き下ろした大作絵画《Pommier-2020》(2020)。田窪は、1990年代にフランスのノルマンディー地方にあるサン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂を、10年以上の年月をかけて「りんごの礼拝堂」として再生したプロジェクトを手がけた。
りんごの産地で名高い長野県。フランスの礼拝堂も御代田の地もその周りにりんご畑が広がっている共通点などにより、額賀は「日本とフランスを文化的につないできたひらまつによるホテルのメインピースを描いてもらうのは田窪さんしかいない」と考えたという。こうしたりんごやりんごの木をモチーフにした田窪の作品は客室や館内廊下にも多数飾られており、レストランのメニューブックの表紙にも使われている。
1階のメインダイニングに行ってみよう。レストランのウェイティングギャラリーでは、イギリス人のアーティスト、ダレン・アーモンドの写真作品2点が紹介。いずれも日本で撮影された作品だが、ひとつは夜明けの最初の光を用いて撮影されたもので、もうひとつは月明かりを用いて撮影されたものだ。
レストランの壁は、ウジェーヌ・アジェの写真が彩る。19世紀末から20世紀初頭の古き良きパリの姿をとらえたこれらの作品は、当時の人々の様子や、都市計画によって消えていったものなどを生き生きと伝えている。また、レストランの個室には、アメリカ出身でパリでも活躍し、アジェの作品の芸術的価値を見出したマン・レイの写真が展示。名作を眺めながら食事を楽しめる。
いっぽう、5階のオールデイダイニングには、石塚元太良による写真作品が飾られている。撮影されたのは、フランス・リヨン郊外に位置するル・コルビュジエと20世紀を代表する現代音楽家ヤニス・クセナキスとの共作であるラ・トゥーレット修道院。
額賀によると、クセナキスは、作曲に集中するために御代田町に拠点を置いていた日本を代表する作曲家・武満徹が敬愛していた音楽家。御代田町からは武満の手によって多くの名曲が生まれ、さらに武満を多くの文化人が訪ねてきた。また、ラ・トゥーレットが位置するリヨンはひらまつと切っても切り離せない、レストラン「ポール・ボキューズ」がある地でもある。この修道院でとらえた光を映し出すこれらの作品は、クセナキスと武満、ひらまつとポール・ボキューズの関係性を象徴しながら、ホテル最上階にあふれる御代田の光と呼応し、時空を超えた旅へとゲストを誘う。
アジェやマン・レイの作品と共鳴するように、ホテルの客室や廊下に磯谷博史の作品を展示。例えば、本館4階のエレベーターホールにある《影が光を生む》(2020)は、カラーで撮影された写真をセピア色に転化し、写真のなかのモチーフが持つ特徴的な色を額縁の一辺、もしくは二辺に塗るというルールで制作された作品。本館3階のエレベーターホールと客室に飾られる「事のもつれ」シリーズは、額縁が棚から落下する瞬間をとらえた写真が、まさにその額縁に収められ棚に設置されている。
また、すべての客室には御代田や青森の地から出土した縄文土器片が飾られており、人類の創造の原点を象徴する土器は、新たに紡がれる「記憶」の出発点となる。
そのほか、20世紀を代表する知識人の眼鏡越しにその人物の著作などを写しとる米田知子の「Between Visible and Invisible」シリーズや、画面に「ズレ」を意図的に描く田幡浩一のドローイング、自分の立つ場所や周囲の環境との対話を通じて生み出した植松永次の陶芸作品も、ホテルの廊下や客室など様々な空間に点在。作品と期せずして出会うことを楽しみたい。
額賀は「このホテルの滞在や美術作品の鑑賞を通して、記憶の持つ儚さや美しさを感じてもらいたい」としつつ、「ここは、ひらまつや御代田が持つ歴史や文化という様々な点を、アートを通して丁寧につないでいき線にし、それら複数の線がキュレーションとして編まれることにより、立体的な鑑賞体験ができるホテルだと思う」と強調する。
また、同ホテルの総支配人・佐藤智博は次のようにコメントしている。「縄文時代から続く土地の歴史的・文化的なものと、これから未来に向かっての現代アートが融合した空間をぜひ楽しんでいただければ。また、ホテルは開業して終わりではないので、地元の文化だけでなく、アートに関しては作品を増やしたり、アーティストとコラボレーションすることで、進化するリゾートとして歩んでいきたい」。
※2021年9月21日追記:作品点数を更新しました。