江戸時代の日本で多くの庶民に愛され、その構図や色彩から日本のみならず世界的に評価されてきた浮世絵。太田記念美術館、日本浮世絵博物館、平木浮世絵財団が所有する浮世絵コレクションのなかから、選りすぐりの浮世絵を紹介する「The UKIYO-E 2020 ─ 日本三大浮世絵コレクション」が東京都美術館で開幕した。会期は前期が7月23日〜8月23日、後期が8月25日〜9月22日。
同展の出品総数は約450点。そのうち重要文化財・重要美術品は100以上に昇り、約60名の絵師の代表作が一挙に紹介される大規模な浮世絵展となっている。同展の展示は、浮世絵の歴史を諦観できる「初期浮世絵」「錦絵の誕生」「美人画・役者絵の展開」「多様化する表現」「自然描写と物語の世界」の全5章で構成される。
浮世絵の歴史は、延宝期(1673〜81)頃の、墨一色の版による「墨摺絵」に始まる。次第に筆による彩色が増えていき、延亭期(1744〜48)頃になると、筆彩色ではなく紅や緑の色版を重ねる版彩色による「紅摺絵」が生まれ、多色刷の錦絵が生まれる土台となった。
第一章「初期浮世絵」では、この頃活躍した初期版画の絵師として、菱川師宣をはじめ、懐月堂派や奥村政信、多くの後継を輩出することになる鳥居派の祖、鳥居清信やその門下の清倍が紹介される。
明和2年(1765)頃になると、趣味人のあいだで絵暦として私的な摺物を制作して交換することが流行した。このときのより美しい摺物への追求が、多色摺の版画「錦絵」の誕生のきっかけとなった。
第二章「錦絵の誕生」では、この錦絵創成期にもっとも活躍した鈴木春信の紹介から始まる。その優美な美人画様式は、没後も多くの浮世絵師によって追随され、例えば磯田湖龍斎は春信の系譜を受け継ぎながらも、堂々とした体躯を持つ美人を大判で摺るようになる。また、役者絵においても一筆斎文調や勝川春草らが役者の個性を表現するための写実的な描写を追求。
第三章「美人画・役者絵の展開」では、まず天明期(1781〜89)に伸びやかな長身の美人画様式を生み出した鳥居清長を紹介。さらに、現在のバストアップの構図で作品を描く「大首絵」の様式で、様々な階層の女性を表情豊かに描いた喜多川歌麿も紹介される。
また、大判の作品が増えた役者絵では、わずか1年足らずの活動期間しか知られていない東洲斎写楽の印象的な役者絵も目を引く。特徴的な目や口元の表現もさることながら、黒雲母摺(くろきらずり)の背景によって、その顔が浮かび上がるようなインパクトを生んでいることにも注目したい。
初代歌川豊国の役者絵での成功により19世紀以降に隆盛を極めた、歌川派の作品も多く展示される。豊国の描く写実的な人体描写や巧みなポーズを存分に味わうことができるが、当時、その人気を二分したという弟子の歌川国貞による、デザイン的な背景と役者との組み合わせた役者絵も、歌川派の人気をうかがい知ることができる作品と言えるだろう。
第四章「多様化する表現」では、文化・文政期(1789〜1801)に入り、より細密かつ情報量が増えてくる錦絵の、装飾性や構図にスポットを当てる。この時期には遠近法や空や雲を大きくとった大胆な構図も現れるが、前章に引き続き旺盛な制作活動が垣間見えるのが歌川国貞だ。師・豊国の没後はその名を襲名し、長いあいだ精力的に活動するその制作は、浮世絵の可能性を大きく広げることになった。
さらに、団扇をつくるために制作された「団扇絵」も紹介される。団扇問屋が見本としての残すなど、現代まで伝えられている作品は少ないが、美人画・役者絵などを中心に、その画面の形状の成約から、構図やデザインに工夫が施されている様子がうかがえる。
最後となる第五章「自然描写と物語の世界」では、いよいよ浮世絵を代表する作品として世界中で知られている葛飾北斎の「冨嶽三十六景」シリーズが登場。さらに、歌川広重の代表作「東海道五拾三次之内」の一連の作品も展示される。
これらの作品はたんなる風景を描いたものではなく、雨、風、雪、月といった気象現象が大きな要素となっており、独特の美的感覚が見て取れる。展示では、有名な葛飾北斎の《冨嶽三十六景 凱風快晴》や《冨嶽三十六景 神奈川沖浪浦》(ともに1830〜33頃)の異なる摺りを並べて展示しており、擦りによる色味や表情の違いを見比べることができる。
また、同展の最後には物語の世界をユーモアあふれる表現で絵画化した歌川国芳の作品を紹介。江戸時代末期の浮世絵が到達した、表現の豊かさを感じられる。
国内三大コレクションとも評される3つの美術館のコレクションを集め、江戸の浮世絵の歴史を名品とともにたどることができる展覧会。貴重な機会に、ぜひ実物を見てその魅力感じてみてはいかがだろうか。