東京・六本木のサントリー美術館が7月22日にリニューアル・オープン。これを記念し、サントリー美術館収蔵作品と現代作家による「生活のなかの美」をテーマとした展覧会「ART in LIFE, LIFE and BEAUTY」が開幕する。会期は7月22日〜9月13日。
サントリー美術館はこれまで「生活のなかの美」を基本理念に展示・収集を行ってきた。同館のリニューアル記念展覧となる「ART in LIFE, LIFE and BEAUTY」では、これらの収蔵品のなかから、酒宴で用いられた丁度や、「ハレ」の場のための着物や装飾品、化粧道具、異国趣味の意匠を施した品など、生活を彩ってきた優品を紹介。古美術に造詣の深い現代作家である山口晃、若宮隆志(彦十蒔絵)、山本太郎、野口哲哉の作品も織り交ぜながら、その価値を再確認する。
展示は第1章「装い」、第2章「祝祭」、第3章「異国趣味」の3章で構成されている。
まず、1章「装い」の冒頭では、国宝の《浮線綾螺錨蒔絵手箱》(13世紀)をはじめ、華麗な装飾の鏡箱や香箱、紅板、さらには櫛やかんざし、笄(こうがい)などが紹介され、日常を彩る装身具の優美な意匠に込められた美意識を堪能できる。町人文化が花開いた江戸時代から明治時代までの色鮮やかな小袖や、髪型、化粧など、ファッションについての絵画や、実物の着物も豊富に展示されている。
江戸時代初期に流行した、衣桁などに多くの衣装をかけた様子を描く《誰が袖図屛風》(17世紀)は人物が配置されていない様子が独特の趣をかもし出している。隣に展示されている山本太郎《誰ヶ袖屛風》(2005)は、ジーンズに短パン、ギターやPCなど現代を生きる人々の生活の物を同様のコンセプトで描いた作品だが、制作から15年を経て、当時描かれた物も歴史の一部となっていることが示唆される。
また、大変な手間がかかる匹田絞りによる鹿子文様を施した小袖である《浅葱紋絽地流水花束模様小袖》(18世紀後半〜19世紀)や、明治時代に女形を演じる歌舞伎役者たちに流行りの束髪をさせて描いた豊原国周《流行束髪くらべ》(1885)なども、美を追求してきた先人たちの企みとして注目したい。
第1章では他にも、武家文化における「装い」を取り上げる。戦という「ハレ」の舞台に赴く武士たちは、武器や武具、鎧や兜に、それぞれの信念や心意気を込めた意匠を施した。豊臣秀次所用との伝承がある、朱漆塗で彩られた桃山時代の鎧と兜《朱漆塗矢筈札紺意図素懸威具足》や、桃の葉を思わせる形状の桃形兜の造型が美しい江戸時代の《碁石切付縫延二枚胴具足》などを展示。また、前者を身に着けた男の姿を作品とした野口哲哉《WHO ARE YOU〜木下利房と仮定〜》(2020)も展示されており、鎧の姿がより生き生きと伝わってくる。
第2章「祝祭」では、誕生・元服・婚礼といった人生の節目や、祭りなどの神事、正月・ひな祭り・端午の節句などの年中行事を主題とした作品が紹介される。
祇園祭の様子を描いた《祇園祭礼図屛風》(1624〜44頃)は、いまなお続く京都の祭の往時の様子が仔細に表現され、当時から変わらない熱気を伝えている。平安時代より宮中で行われ、現在も5月5日に上加茂神社で毎年開催される「賀茂競馬」を描いた《賀茂競馬図屛風》(17世紀)は、野口哲哉の作品とコラボレーション。野口が制作した侍たちが屛風を見上げるという、ユニークな展示が施された。
狩野探幽《桐鳳凰図屛風》(17世紀)は、古来より吉祥画題として描かれてきた桐と鳳凰を総金地を背景に配置し、祝いの席を彩った屛風の傑作。第四代将軍徳川家綱の婚礼のために制作された可能性も指摘される、由緒あるものだ。
また、祝いというハレの場に不可欠なのが宴と酒器だ。菱川師宣の工房で制作されたものと見られる《上野花見歌舞伎図屛風》(1693頃)は、花見で賑わう上野の様子を描いたもの。三味線、鼓、笛、太鼓といった伴奏に合わせて人々が踊る様子や、料理を囲んで賑やかに盃を傾ける様子が描かれている。
いっぽう、山口晃はアイロニカルな視点を取り入れた遊楽図、《今様遊楽圖》(2000)を展示。温泉や宴、遊覧船などを楽しむ人々が細かく描きこまれているが、じつはこれは「下図」と題された作画プランと対になる作品。「下図」を見ると、じつはこの温泉が偽装であったり、笑顔の人々は整形していたりと、楽しそうな様子の裏側の事情を知ることができる。
他にも、黒漆に赤漆を重ねて落ち着いた色調に仕上げた湯桶《朱漆塗湯桶》(15世紀)や、現在の愛知にある猿投窯で平安時代に焼かれた大型の酒注《灰釉平瓶》(8世紀末〜9世紀初頭)など、宴の席を彩った名品の数々が展示される。また、漆芸家・若宮隆志(彦十蒔絵)のユーモアを入れ込んだ現代作品も併せて楽しむことができる。
最後となる第3章「異国趣味」では、桃山時代以降、ポルトガルやスペインとの交流を通じて生まれた南蛮美術や南蛮漆器が紹介される。
狩野山楽によるものと伝わる《南蛮屏風》(17世紀初期)は、日本の港町に入稿する南蛮船とともに、船員の一行や宣教師、洋犬や洋馬などが描かれ、当時の日本人が異国を見るときの新鮮な目線を知ることができる。いっぽう、山口晃の《成田国際空港 南ウィング盛況の圖》(2018)も《南蛮屏風》と対比されるかたちで紹介されている。400年前の日本人が港で異国の人々や文化に触れた港のように、現代の国際空港を発見や驚きを織り交ぜながら描いた。
16世紀後半に西洋人との交流が始まると、漆工の分野でも西洋趣味を反映した「南蛮漆器」がつくられ、輸出された。いっぽうで日本国内でも異国趣味が流行し、生活の中の様々な道具にもその意匠が取り入れられている。
異国趣味をもとにした当時流行のデザインを取り入れた短冊箱《ウンスンカルタ蒔絵短冊箱》(17世紀)や、蝶番などの金具に西洋風の動植物の文様が刻まれた《松竹梅花鳥蒔絵医療器具入》(17〜18世紀)など、同展ではこれらの珍しい品々が出揃った。
サントリー美術館の潤沢なコレクションをベースに、現代作家ともコラボレーションしながら「生活のなかの美」を見つめる展覧会。新型コロナウイルスの影響で新しい生活様式が呼びかけられるなか、改めて日常のなかの美とは何かを問い直す展示となっている。