ベトナムを代表する現代美術家ディン・Q・レが4月6日、56歳で逝去した。ベトナムの複数のメディアによれば、死因は脳卒中だという。
ディン・Q・レは、1968年にベトナム南西部のカンボジア国境に近いハティエンに生まれる。10歳のとき、カンボジア・ベトナム戦争を逃れるため、家族とともにベトナムを脱出して、米国のカリフォルニアへ移住。写真とメディアアートを学んだのち、ベトナムの伝統的なゴザ編みから着想を得た、写真を裁断してタペストリー状に編む「フォト・ウィービング」シリーズ(1989~)を発表し、一躍注目されることになる。
1993年にベトナムへ帰郷し、古美術品や戦争時の絵画、ポストカードなどの収集品をもとに作品を制作・発表。また、綿密なリサーチとインタビューに基づいた作品では、人々が実体験として語る記憶に光を当てる。国際舞台への出世作となった映像インスタレーション作品《農民とヘリコプター》(2006)では、自作のヘリコプターの開発に挑むベトナム人男性を中心に、ベトナム人と戦争との複雑な関係を巧みに描き出した。
2000年代初頭には米国で数々の個展を開催し、ニューヨーク近代美術館での「プロジェクト93」(2010)にも参加。シンガポール・ビエンナーレ(2006 、2008)、ドクメンタ13(2012)などの国際展でも作品を発表した。
日本では、ベトナム戦争終結から40周年の節目である2015年に、森美術館でレのアジアにおける初の大規模個展「ディン・Q・レ展:明日への記憶」を開催(同展は翌年に広島市現代美術館で巡回開催)し、歴史上で取り上げられてこなかった市民の声を拾った作品の数々を展示。2019年の瀬戸内国際芸術祭では、粟島でのリサーチと地元住民へのインタビューをもとに《この家の貴女へ贈る花束》のインスタレーションを発表した。
現在は、千葉県の内房総5市(市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市)を舞台に3月23日に開幕した「百年後芸術祭〜環境と欲望〜内房総アートフェス」と、同フェスの一環として市原湖畔美術館で開催中の企画展「ICHIHARA×ART×CONNECTIONS-交差する世界とわたし」でも作品を展示。市原湖畔美術館がプレスに送ったニュースレターによれば、レは本展のために3月17日より市原に1週間滞在し、本展の出展作《絆を結ぶ》の完成について次のような言葉を寄せた。「私はアイデアを出したけれど、一切、手を動かすことはなかった。これはベトナムと市原のコミュニティによってつくりあげられた共同作品だ。私のまったく新しいチャレンジだった」。