千葉県誕生150周年を記念する「百年後芸術祭〜環境と欲望〜内房総アートフェス」が市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市の内房総5市で3月23日に開幕した。総合プロデューサーは木更津市で農・食・アートを融合した施設「クルックフィールズ」を手がける音楽家・音楽プロデューサーの小林武史、アートディレクターは「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」や「瀬戸内国際芸術祭」、市原市が舞台の「房総里山芸術祭 いちはら アート×ミックス」など各地の芸術祭をディレクションする北川フラム。会期は5月26日まで。
国内有数の工業地帯と豊かな自然を併せ持ち、首都圏の一角としてダイナミックな発展を遂げてきた内房総。アートフェスは、地域の100年後を見据え、人間の「欲望」と地球規模の課題である「環境」の両立を問う狙いもある。北川は、開催に先立ち次のように述べている。
「内房総は古代から歴史があり、農産物や海の恵みが豊か。東京から距離が近く、日本の縮図のような地でもある。アートフェスを通じて地域の人々が自分たちの土地の魅力を再発見し、誇りを持ってもらえたらと思う」。
アートフェスは、17の国・地域から77組のアーティストが参加。5市合わせて1100キロ平米を超す広大なエリアの海岸、街中、公園、公共施設などに91点の作品を展示し、うち新作/新展開作は60点に及ぶ。そのハイライトを市域別に紹介しよう。
市原市
内房総の北側に位置し、沿岸部に工業地帯を擁するいっぽう、南部は過疎化が進む市原市。2014年から3年に1度のペースで「いちはらアート×ミックス」を開催した同市には、展示作品の約6割が集まり、アートディレクションはアーティスト/アートディレクターの豊福亮が担当した。
小湊鉄道・飯給駅から徒歩15分の旧里見小学校には、パスポートや公式グッズを販売するインフォメーションセンターや名産品が味わえるレストランが設置されている。ここでは、伝統的仮面をビーズでハイブリッドにつくり替えるカメルーンのエルヴェ・ユンビの新作インスタレーション、2021年の「いちはらアート×ミックス」を機に制作されたロシアのアレクサンドル・ポノマリョフ《永久機関》などを展示。
また、木彫技法による大型作品で知られる森靖、憩いの場になる彫刻を鉄板からつくり出すナイジェリアのソカリ・ドグラス・カンプの制作風景を見ることができる(カンプの公開制作は4月5日まで)。
豊福亮は、旧体育館を丸ごと使い、市原の工場の夜景をモチーフにした大型インスタレーション《里見プラントミュージアム》を発表。工事現場を思わせる高い足場や地上に角文平、栗山斉、千田泰広、原田郁、柳建太郎の工業的なニュアンスを持つ絵画や彫刻を展示した。地元ゆかりの企業や産業に関するパネルも掲示し、地域に多大な意味を持つ工場や働く人々に意識を向けさせる。
藤本壮介が《里山トイレ》を手がけた上総牛久駅周辺、角文平と韓国のイ・ビョンチャンがサイトスペシフィックなインスタレーションを展開する内田未来楽校、富安由真や笹岡由梨子らが参加する旧平三小学校、来月開幕するヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家の毛利悠子らが新作を披露する月出工舎も注目だ。養老川上流の月埼・田淵地区でも作品展示が行われ、市原湖畔美術館ではディン・Q・レやリーロイ・ニューら4人の新作を紹介する企画展「ICHIHARA×ART×CONNECTIONS-交差する世界とわたし」が開催中(企画展は6月23日まで)。
木更津市
東京湾アクアラインの玄関口に当たり、巨大アウトレットモールや大型商業施設が進出した木更津市。エリア周遊の起点になるのは、駅前にインフォメーションセンターがある木更津駅だ。駅周辺やアクアラインの足元に残る自然の海岸の盤洲干潟などに注目作が配されている。
小谷元彦は、かつて塩を貯蔵した古い蔵を会場に、近年取り組む「仮説のモニュメント」シリーズの新作を発表した。歳月に耐える銅を使い、縄文期の土偶「仮面の女神」と天平時代の月光菩薩像、現代の肉体を融合させてつくり上げた半跏倚坐(はんかいざ)像が秘仏めいて暗がりに浮かぶ。台座部分は土器や県内で多く出土する貝塚が表されている。
梅田哲也は、日本三大港湾のひとつとされる木更津港近い倉庫に、海底から引き揚げた小型漁船と船底に溜まる水、吊り下げたガラス玉、飛行機の音などを連動させたインスタレーションを制作。梅田によると、かつて地元で盛んだった海苔養殖やアサリ漁は近年不振が続き、廃業者も出ているという。野外には風で鳴る魚網を用いた構造物も設置されている。
1997年に開業した東京湾アクアラインは、建築家の丹下健三らが60年代に構想した海上都市が原形とされる。その橋梁が見える海岸に浮かぶ小島に実物の4分の1サイズの住宅を設置したのはSIDE COREだ。洒落たミニ住宅は、アクアライン開通を機に当地に移り住んだ多くの人々が手に入れたマイホームを連想させ、人間の移動により変わる風景や家族を考えさせる。
アートのみならず、農業や食、自然循環の暮らしが体験できるクルックフィールズも訪れたい。東京ドーム約5個分の広大な敷地内に草間彌生やカミーユ・アンロ、ファブリス・イベールらの作品が常設展示され、今回はオラファー・エリアソン、名和晃平、島袋道浩の新作もお目見えした(エリアソン作品は4月18日以降公開予定)。
君津市
高度経済成長期に製鉄所が進出し、移住者が急増した君津市。社宅用に数多くの団地が建てられたが、ライフスタイルの変化により近年は住宅街に置き換わりつつある。
保良雄(やすら・たけし)は、無人になった工業団地の床に土を敷き詰め、食用が混じる多様な植物を植え込んで不耕栽培場に変身させた。室内に流れる映像は、トリックスター的な道化師が案内役になり、環境に負荷をかける農業の未来を問いかける。
さわひらきは、昨年まで現役だった保育園を舞台に、映像作品に彫刻を交えたインスタレーションを展開。夢と現実が隣り合わせだった幼少期の記憶と現在の空間が交錯する。八重原公民館では、佐藤悠による架空の物語を参加者と共に即興でつくるパフォーマンス(土日祝)や地元の海苔養殖から着想を得た深澤孝史の作品展示が行われている。
袖ヶ浦市
国内有数の工業地帯と大規模な住宅地がある袖ケ浦市では、市民の憩いの場の袖ケ浦公園周辺に気鋭の作品を展示。豊かな緑と花々、歴史に浸りながらアート鑑賞が楽しめる。
大貫仁美は、江戸後期の旧進藤家住宅の玄関や和室に、ガラスの破片を金継ぎ技法で繋ぎ合わせ女性の衣服を象った立体作品を並べた。素材の儚さと形の艶めかしさ、歴史ある空間が共鳴する。土間や前庭は大貫がワークショップの参加者と制作した「言葉のカケラ」が散りばめられている。
袖ヶ浦公園の一角に設置された、大きな輪車や足場から成る構造物は東弘一郎の《未来井戸》。人力による伝統的な井戸掘り工法「上総掘り」に作家が感銘を受け、資材を金属に置き換えて制作した。キム・テボン(金泰範)は、園内の展示施設「アクアラインなるほど館」の館内に宇宙船を思わせる未来的空間を創出。建設時「土木のアポロ計画」と呼ばれるほど困難を極めた東京湾アクアラインの工事過程を見せる自作資料も多数展示した。
冨津市
南北約40キロメートルに及ぶ海岸線の多くが自然海岸の冨津市。海苔の養殖や潮干狩り、マリンスポーツでも知られる同市には、海と人間の関わりを見つめた作品が揃った。
東京湾埋立事業により姿が変わった漁業を紹介する冨津埋立記念館。岩崎貴宏は、館内の和室の床に千葉が最大産地の醤油300リットルを流し込み、暗い海上に広がるコンビナート風景を出現させた。発酵食品である醤油の香りや作品を照らす外光は、時間の経過につれ変化し、1960年代の前衛建築運動「メタボリズム」(新陳代謝)が夢見た有機的な都市像を示唆する。
中﨑透は、冨津公民館を中心に地域ゆかりの住民4人に対するインタビューに基づく巡回型インスタレーションを展開。語られた言葉や館の備品、置き忘れた品々を自作の看板作品などと組み合わせ、様々なエピソードや個人の記憶、漁業と関わる街の姿を浮かび上がらせた。五十嵐靖晃は、海苔漁師と協働し制作した《網の道》を下洲漁港の風景に溶け込ませるように展示した。
約2ヶ月間に渡り、春の内房総がアートに染まる「百年後芸術祭〜環境と欲望〜内房総アートフェス」。会期中は、小林武史プロデュースによる音楽とアートを融合したライヴパフォーマンス「通底縁劇・通底音劇」をはじめ、多彩なイベントや体験型プログラムが行われ、無料周遊バスやガイド&ランチ付きのオフィシャルツアーも用意されている。日常と非日常、自然と人為が共存する会場を回って、「私たちは百年後に何が残せるか」を考えたい。