2020年11月に表現に携わる有志によって設立された「表現の現場調査団」。現在は14人のメンバーと複数の協力者を中心に、随時有志の協力を得て活動している。12月9日に同団体の活動報告および現在進行中のジェンダーバランスについての調査中間報告が行われ、表現の現場におけるジェンダーバランスの不均衡がより明確になった。
同団体では今年、表現に従事する人を対象にハラスメントの実態調査を実施。1449名からハラスメントの経験やその内容についての回答をまとめ、今年3月に「表現の現場ハラスメント白書」としてウェブで公開した。同白書によって、表現の現場におけるハラスメントが非常に深刻な事態であることが明らかになった。
こうした表現の現場で起こるハラスメントの大きな一因として、教える側と学ぶ側、または選定・評価側と受ける側とのあいだにある、ジェンダーバランスの不均衡が挙げられる。同団体はこの状況を実証すべく、美術、文芸、演劇、映画の各分野における、教育機関やコンクール等のジェンダーバランスの調査を実施した。以下、「表現の現場調査団」によるこの調査結果の中間報告についてレポートする。
なお、教育機関のデータはすべて2021年度のものであり、美術学部における生徒数・教員数が対象。また、賞のデータは各分野で比較できるように2011年〜2020年の10年間に開催された賞の審査員・受賞者数を合計したもので、男性、女性、その他(グループなど複数人のパターン、Xジェンダー、ノンバイナリー、性別不明の人などを含む)で集計をしている。
美術系大学や美術賞におけるジェンダーバランスの不均衡
まず、美術系の教育機関のジェンダーバランス結果について、2021年度の15大学の美術系学部(東京藝術大学、多摩美術大学、武蔵野美術大学、東京造形大学、筑波大学、秋田公立美術大学、東北芸術工科大学、金沢美術工芸大学、愛知県立芸術大学、京都市立芸術大学、京都芸術大学、広島市立大学、九州産業大学、沖縄県立芸術大学、北海道教育大学)における生徒数・教員数を対象とした調査結果が発表された。
各大学学部における女性学生の比率は、最低の東京藝術大学で66パーセント、最高の秋田公立美術大学で84パーセントとなり、一般大学学部の45.5パーセント(情報元:旺文社 教育情報センター)と比べて極めて高かった。
しかしながら、15大学の教員のジェンダー比率の合計は、男性教授87パーセントに対して女性教授13パーセントと、全国の大学の女性教授率17.7パーセント(2020年政府統計データ)よりもさらに低い。男性教授率が90パーセントを超えた大学は7校と、男性優位が際立っていることがわかる。役職や年齢が下がるにつれて女性教員の割合平均は増えるが、准教授で27パーセント、講師においても28パーセントのみと、世代に関わらず男性が多くを占めることに変わりはない。
このいびつな男女比を抱える日本の美術大学では「女性として作家になるうえでのロールモデルがいない」「ジェンダーに関わる作品に対する無理解」「相談相手がいない」など、女生徒が不利となる問題が多く、深刻なハラスメントへ発展するケースも見られるという。
美術賞においては芸術選奨、シェル美術賞、VOCA展、CAF賞の4つの賞を抜粋して結果が発表された。これらの賞に関しても審査員と大賞受賞者のジェンダーバランスに偏りが見られた。
審査員と大賞受賞者は男性がうわ回ることが多いが、いっぽうで副賞受賞者やノミネート作家については女性の方が多くなる傾向がある。つまり、女性作家のノミネートは多いが大賞は取りづらく、その審査員はつねに男性が多数を占めるという不均衡状態があるといえる。学生を大賞とした賞にもこのような傾向が見られることについて、同団体は危機感を示した。
文芸、演劇、映画分野でも
文芸分野においては、五大文芸誌(『群像』『新潮』『すばる』『文學界』『文藝』)が主催する文芸賞の審査員のジェンダーバランスは、おおむね男性6割、女性4割前後となっている。受賞者のジェンダーバランスについても、審査員のバランスとほぼ一致、あるいは逆転して女性の受賞者が多くなるものも見られた。
しかし、評論を対象とした賞(小林秀雄賞、すばるクリティーク賞、群像新人評論賞)では男性の審査員比率が著しく高く、審査員・受賞者ともにほぼ100パーセントを男性が占める。会見では、男性中心の評価体系があらかじめ明らかになっていることにより、評論分野の応募者の多様性を大きく損ねている可能性があることが指摘された。
演劇分野では岸田國士戯曲賞、近松門左衛門賞、劇作家協会新人戯曲賞、読売演劇賞、紀伊國屋演劇賞、利賀演劇人コンクールの6つの賞の調査結果を抜粋。審査員は男性81パーセント、女性19パーセントと女性が非常に少なく、大賞受賞者も男性62パーセントと男性が過半数となっている。
映画分野は毎日映画コンクール、日刊スポーツ大賞、日本映画監督協会新人賞、新藤兼人賞、日本映画プロフェッショナル大賞、ぴあフィルムフェスティバルの各映画賞を抜粋。これらの賞の審査員の合計平均は80パーセントを男性が占め、男性主観による評価が常態化している状況が明らかになった。
なお、今回発表された調査結果は中間報告であり、この結果のすべては来年3月ごろの発表を予定している。
最後に、今回の調査の意義について、調査を支援した荻上チキ(社会調査支援機構チキラボ代表、評論家)は次のように語った。「今回の調査では(表現の現場における)ジェンダーギャップによる権力勾配が数字で明らかになった。各賞における女性の獲得賞金が低くなるだけでなく、生活の安定がはかれるプロへの道が険しくなったり、持続的な活動ができる学内のポジションにアクセスできなくなる、といったことにもつながってくる。また表現活動について、男性はプロフェッショナルだが女性は趣味、といった社会的な偏見もあるだろう。こうしたジェンダーギャップがハラスメントを遍在させ、女性にとってのロールモデルを失わせ、萎縮が世代を超えて引き継がれていってしまうのではないか。各分野が連携して問題を認識し、解決に向けて取り組んでいくことが求められる」。
なお「表現の現場調査団」では来年度の新入生を対象に、ハラスメントに関する知識や対策をまとめたリーフレットを作成中だ。また、このリーフレット作成やハラスメントの実態調査のためのクラウドファンディングも実施している。
※2021年12月11日、調査結果の統計の根拠を追記
※2021年12月15日、「表現の現場調査団」より、東京藝術大学の学生、教授、准教授、講師の男女比の数値の訂正と、それにともなう15校の合計平均の数値の訂正があったため、記事中の数値と表を差し替え