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2020.7.3

彫刻家として追い求めるブレイクダンスの移動性。小畑多丘インタビュー

B BOY(ブレイクダンサー)をモチーフとした木彫作品で知られる小畑多丘。自身もダンサーとして活動し、身体の動きや物質の移動性への興味から生まれるその作品は、立体からドローイング、写真や映像まで多岐にわたる。なぜブレイクダンスなのか、ダンスがいかに制作と接続しているのかを聞いた。

聞き手・構成=安原真広

小畑多丘
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ブレイクダンスから始まった制作活動

──小畑さんのこれまでの制作において、主題であり続けているのがブレイクダンスですよね。木彫の立体からドローイングまで、ブレイクダンスへの探求が貫かれていますが、小畑さんとブレイクダンスとの出会いはどのようなものだったのでしょう?

 小学生のときにテレビでブレイクダンスを見て、そのかっこよさに衝撃を受けましたNew Jack SwingとかMC Hammerが流行ってた時期で、日本でもダンスが流行っていましたよね。

 ダンスを入口としてラップミュージックをよく聴くようになり、さらに中学校でバスケを始めてNBAの流行に触れたり、ナイキのスニーカーに憧れたりしながら、アメリカのヒップホップ・カルチャーの虜になっていきました。兄からブレイクダンスを教えてもらってからは、従弟や友達といっしょにダンスのチームをつくり、毎日踊るようになったんです。

小畑多丘 TakuspeFAD 2014 (c)Taku Obata

──ダンスを含め、ヒップホップカルチャーから大きな影響を受けていた小畑さんですが、そこから彫刻作品をつくるようには、どうしてなったのでしょう。

 高校生まではダンスばかりやってたんですけど、兄が美術予備校のデザインコースに通い始めたことをきっかけに、自分も将来好きなことを仕事にしてやろうと思いました。ダンスの映像に興味があったので、最初は映像・演劇・映画といった学科を受験してどこにも受からず、浪人して美術予備校の映像科に通うことにしました。そこで、ヤン・シュヴァンクマイエルのアニメーション作品を見て衝撃を受けてブレイクダンスのクレイアニメと実写が混ざった作品などをつくってみたりしましたね。いずれにせよ、どんな課題が出てもブレイクダンスと結びつけて作品をつくっていました。

 あるとき、予備校のパンフレットで彫刻科の案内を見ていて、単純にB BOY(ブレイクダンサー)の彫刻があったらおもしろいんじゃないかなと思ったんです。彫刻でB-BOYをつくってる人なんかいないし、自分にも合ってそうだと思い、2浪目からは予備校の彫刻科に移りました。彫刻科ではデッサンに夢中になり、そのときはダンスをするのも止めて、3浪目で東京藝術大学の彫刻科に合格することができました。

──彫刻科に入学後、小畑さんの創作スタイルが木彫に絞られていったわけですね。

  彫刻科でのおもな制作は木彫と石彫と金属と陶製といった4種類が基本となっていて、最初はそれ学んでいくんですけど、初めての木彫の課題のときに、素材としての木が持っている存在感に惹かれました。造形には自信があったのですが、初めて木彫でカービングに挑戦したら、全然うまくできなくて。だからカービングでなんでもつくれるようになったら完璧なんじゃないかと思って、これをマスターしようと思ったんです。

 それに、木彫でB BOYをつくるなんて、絶対に誰もやっていないですしね。そのときから、等身大のB BOYをつくるようになりました。基本的に、軸となる木材を買って、それを寄木にして原型をつくり、削っていくという方法でやっています。一本木から削り出す人もいますが、僕は木という素材それぞれの組み合わせで動きをつくれるほうがおもしろいと思っています。

小畑多丘 untitled (c)Taku Obata

──立体の制作にあたってはダンサーをモデルを使ったりするのでしょうか?

 大学の卒業制作まではダンサーにポージングをお願いしていました。なるべく、ちゃんと踊っている姿を反映したものをつくりたかったのと、僕のスキルが足りない部分もあったので。ただ、そのやり方だと結局モデルに引っ張られてしまうんですよね。スケッチでは自分のものとして描いてるのに、モデルに引きずられてしまうのはちょっとダメだと思い、大学院に進学してからはモデルを使わず、自分の頭のなかで考えたスケッチのみで制作するようにするようになりました。モデルを使わなくなったことで、もっと自由になれましたね。

──小畑さんの立体作品のB-BOYたちは、前方に突き出た帽子を被っていたり、幾何学的な模様を持つ洋服を着ていたりしますよね。あのような造形はブレイクダンスの文脈からの引用なんでしょうか。

 そうですね。帽子はKANGOLのハットやハンチングのつば、サングラスもアフリカ・バンバータがかけていたようなひとつながりのサングラスから着想を得ています。服はジャージ、ウインドブレーカー、ダウンジャケットの造形を取り入れています。洋服は複雑な模様をつくり込みたくて、シルエットの全長が長くなっていきました。

「梅沢和木 × TAKU OBATA 超えてゆく風景」(2018、ワタリウム美術館)展示風景より、小畑多丘《B-BOY AllDown  Quinacridone》(2018)

彫刻家の視点が生み出したドローイング、写真、映画

──近年は立体と並行して、ドローイング作品も積極的に発表していますね。木彫作品とはまた異なるアプローチで生まれているのでしょうか?

 遊びでドローイングはずっと描いていたんですが、それを作品にしてみようと思いました。木彫は一つひとつの作業にすごく神経を使うんで、ドローイングはなるべく逆のことをしながら成立させてみたいと考えていたんです。どうせやるならノリを重視していこうと思って。結局、ペインターと同じようにドローイングを描いていたら、ペインターには勝てないわけです。だから僕のドローイングには、彫刻からの反動的な思考が入っています。

 彫刻の場合、時間をかけて造形を考えながらブレイクダンスの動きをつくるわけですが、ドローイングの場合は、何も考えず、まず最初にスプレーを平面に吹き付けて塗料の溜まりをつくるんです。それをヘラなどで伸ばしながら、手を使ってダイレクトな動きをつくりだします。

 彫刻は最初にイメージを決め、そのイメージに向かってつくっていくのに対し、ドローイングは最初にイメージを決めないで入ることができる。自分で描いたところに自分で反応してフリースタイルみたいに連鎖させていけるわけです。

 でもこのドローイングには、彫刻的なアプローチもちゃんと入っています。最初に塗料を出したら、製作途中は同じ色を足さないようにすることで、あらかじめの素材の量を決めているんです。素材の量が決まっていて、手を動かしてそのかたちを変えていくという点では、彫刻的なアプローチですよね。あと、平面を床に置いた状態で描くので、体を移動ささせながら、全方向から描きます。彫刻と同じように手前と奥の関係性で、造形的に絵を描いています。

 僕、彫刻の基本は移動だと考えていて、物質を移動させることで最終的に残るのが作品だと思うんですよね。ダンスの場合も、踊る人間の体が移動することで作品になるので、そこが共通しています。

 例えば3人のダンサーを描くのなら、手は手として、3人の手を同時に描きます。1体ずつ完成させたりはしないわけです。別々の3人が息を合わせてダンスを踊ることで、意識のつながりが生まれます。そういったダンスの動きが僕の手癖から生まれるのがおもしろいですね。

小畑多丘 untitled 2020 (c)Taku Obata

──小畑さんはほかにも「梅沢和木 × TAKU OBATA 超えてゆく風景」(2018、ワタリウム美術館)で展示していたような、空中で彫刻を撮影した写真や映像作品も制作していますね。

 抽象的な造形を考えるなか、いずれも地面に置くという方法によって、重力に従ってしまうのはもったいないと思ったのがきっかけです。

 そこで、物体を無重力状態にするにはどうすればいいかを考え始めました。色々と試行錯誤するなかで、木彫の造形を投げて写真に撮ったものがすごく良かったんですね。投げるときって人間の力で上昇するけど、落ちてくるときは地球の引力によって落ちてくるわけですよ。途中で全然違う力に移り変わっているわけです。その中間地点である頂点は、人間が投げた力と引力とが均衡している瞬間で、どっちの力の範疇でもない瞬間。そこを写真で撮ることで無重力に近い状態を保存できるんじゃないかと思い、写真作品をつくりはじめました。電車のなかで撮影したり、滝をバックに撮影したりと、そこからどんどん進化していきましたね。

 置くために彫刻をつくるのではなく、投げることを前提に木彫をつくっている人もいないですよね。本来は動いているはずの人間が彫刻を投げることで「静」になっていて、動かないはずの彫刻が動いて「動」になってる。

 この移動性もダンスにつながっています。空中で一瞬物体が留まったときにおもしろさが生まれるわけですが、ダンスも身体の一部を空間のなかに一瞬固定する行為と言えます。例えばムーンウォークは頭が動いちゃうとおもしろくなくて、頭をちゃんと固定した状態だからあの不思議な動きが強調されるんです。それを彫刻を投げて撮影するという、フィジカルに結びついた行為でやってみたわけです。

「梅沢和木 × TAKU OBATA 超えてゆく風景」(2018、ワタリウム美術館)展示風景より、小畑多丘《物体の空》(2018)

─個展「Opposite Effects」(2020、AKIO NAGASAWA AOYAMA)では、これまでとは異なる、抽象的な造形の立体作品「BUTTAI」シリーズを発表しました。

 2016年につくった作品のアップデートですね。粘土を彫刻の造形部分に落とし、さらに手でひねりを加えたり、平らなところに落として凹ませたりしてつくったものです。予備校のときにつくっていた粘土の造形のおもしろさに再び気がついて、ねじれの動きを表現したかったんです。木彫だと難しいですからね。

 地面に落としてつくるということも、僕の作品を地球の引力が引っ張っているので、地球がこれをつくっているとも言えるわけですよね。こうして出来上がった造形をスキャンしてデータにし、大きさを変えてさらに木彫にして作品化します。粘土でつくったものが様々な工程を経て木彫になるという、なかなか挑戦的な作品です。

「Opposite Effects」展展示風景、小畑多丘《物体と空》(2020)

──素材がどんどん変わっていくことは、先ほどのダンスにおける移動性の話にも通じますよね。小畑さんの作品はそれぞれ異なる素材で異なるアプローチをしているように見えますが、話を聞いているとブレイクダンスを通じてすべてがつながっていることがわかりました。

 僕にとっては「移動」という観点で全部つながっています。過去に遡り、どうしてブレイクダンスが好きになったのかを考えてみると、重力の移動に興味があったんですね。急に体が反転したり、通常では考えられない力の移動がおもしろいから惹きつけられる。そこに反応していたんだな、と。

 僕の作品は、ダンサーが見てもちゃんと伝わるようにつくっているし、ダンサーに伝わらないと意味が無いと思っています。制作を始めた最初の頃は、僕のダンスの先輩の目にどう映るのかとか、その人に良いと言われたいとか、そっちの思いの方が強かったんです。ダンスをただそのままつくっても何も面白くないので、僕にしかできないダンスの表現として、自分だけのかたちとして、制作を続けてきた感じです。

  だから、僕のこれまでの制作ってすごいシンプルだと思いますよ。でもシンプルなものって本当は、複雑じゃないですか。目の前にある自然なものも、実はたくさんのパターンやバリエーションを経てかたちづくられてきたわけですよね。そういった、シンプルであるための複雑なチャレンジを、これからも続けていきたいですね。