2020.6.15

「美術館女子」は何が問題だったのか。「美術界のジェンダー格差を強化」「無知な観客の役割を女性に」

美術館連絡協議会と読売新聞オンラインが企画したウェブサイト「美術館女子」がSNS上で大きな批判に晒されている。この企画の問題点を、有識者のコメントとともに分析する。

「美術館女子」のウェブサイト(https://www.yomiuri.co.jp/s/ims/bijyutukanjyoshi01/)より

 美術館連絡協議会(以下、美連協)と読売新聞オンラインによる新企画「美術館女子」が、開始早々SNS上で大きな批判に晒されている。

 本企画は、「読売新聞で『月刊チーム8』を連載中のAKB48 チーム8のメンバーが各地の美術館を訪れ、写真を通じて、アートの力を発信していく」(公式サイトより)というもの。その第1弾では、小栗有以が東京都現代美術館を訪れる様子を画像メインで伝えている。

 この企画に対し、6月12日の公開後の週末、SNS上では批判の声が相次いだ。指摘されている主な問題は、「〇〇女子」という言葉に含まれるジェンダーバランスへの意識の欠如と、美術館がいわゆる「映え」のみの場所としてとらえられかねない見せ方をした点にある。

違うやり方できたはず

 美術手帖で「統計データから見る日本美術界のジェンダーアンバランス」を執筆した社会学者の竹田恵子は、美術館の楽しみ方は多様であることが前提としつつ、「『美術館女子』企画は、ほとんどの女性が美術のなかで『描かれる側/視られる側』=客体化されてきたという議論を無視しているかのように、女性観客をも客体化したつくりになっている」と指摘。さらに、以下のように続ける。

 「美術界自体は女性のほうが多い業界であるにも関わらず、女性は低い地位にある傾向が強い。『~女子』という言葉は基本的に男性主体の文化に女性が参入する場合、有徴化するための言葉です。ゆえに当該企画は美術界のジェンダー格差を強化していると考えます。 女性(観客)の主体性を無視し、『無知』の側に(のみ)置いていることも問題です。 美術館に普段来ない層を呼び込むためならば、これらの構造的・歴史的背景を勘案していれば、もっと違うやり方ができたはずだと思います。 ぜひ事前に、ジェンダーの専門家に聞いていただければ、違ったアプローチをご提案できたのになあ、と残念です」。

旧態依然のジェンダー意識

 キュレーターとしてジェンダーの問題に多角的に取り組んできた小勝禮子は、「今回の『美術館女子』は読売新聞社の企画を、美術館関連ということで美連協も関わることになったのだろう、美連協には気の毒なところもある」としながら、「企画者側のおじさん目線から考えられているため、残念ながらアウトな部分しかありません」と批判する。

 「アイドルの可愛さ、魅力が中心で、美術館やアートはただの背景に過ぎない。そこには、美術館という空間やそこにある美術作品との出会いによる新たな発見や、美術を観る者の感動や思索が、まったく伝わってきません。『アートの力』の発信が視覚化されていないのです」。

 ジェンダー意識についも、男性的な固定概念が現れているという。

 「『作品』としての小栗有以、という言葉が(サイト内で)流れていましたが、それは彼女を被写体として撮るカメラマン目線からの台詞でしょう。ここには、あくまで女性を創造の主体(芸術家)ではなく、撮影の対象としてみる旧態依然のジェンダー意識しかないのです。『映える写真』を撮られることが『女性目線』であるとされていて、女性の興味関心は『自分を映え』させること、見た目(外見)の美しさだけに向けられているかのような、女性の内面(知性や専門性)に思い及ばない、男性の企画者の固定概念による『目線』が如実に現れているとしか言いようがありません。ここにアートや美術館が介在する意味が、まったく考えられていないのです。私はいま、女子大で博物館学を教えていますが、学芸員資格の取得を目指す学生たちがこの特集を見てどう思うでしょうか? 自分たちをバカにしないでと反発し、『女子』に対する社会(新聞社)の認識の低さに悲しくなるのではないでしょうか?」

無知な観客の役割を女性に担わせている

 東京大学教授で同大芸術創造連携研究機構副機構長を務める加治屋健司は、「美術作品を見るのに知識は必要ではなく感動があればよいと、作品に対する理解を軽視している点が問題だと思います」と語る。

 「美術館を『映えスポット』と呼んで、作品を鑑賞する場所である美術館を、インスタグラムなどの撮影場所のようにとらえているところも非常によくないと思います。こんなふうに館内各所で撮影したら、他の来場者の作品鑑賞の妨げになってしまうのではないでしょうか。さらに、無知な観客の役割を女性に担わせているところも、ジェンダー公正の点で大きな問題だと考えています。まさに、このような無理解や不公正を問題にして批判してきたのが近年の美術であることを考えれば、大きな問題がある企画だったと思います」。

美連協・読売新聞は「改めて検討」

 今回の企画に携わった美連協は、読売新聞と日本テレビの呼びかけによって、1982年12月に設立された組織。いまも事務局は読売新聞東京本社のなかに位置している。

 美連協は全国の公立美術館の連携を図る組織として運営されており、展覧会の共同企画や巡回展開催、あるいは美連協大賞の授与など、様々な側面で公立美術館を支えてきた実績がある。現在は47都道府県の公立美術館約150館が加盟する一大ネットワークだ。

 美連協に対しては、今回の企画意図やタイトルに込めた意味などを問い合わせたところ、読売新聞グループ本社と美術館連絡協議会事務局の連名で、次の通りの回答があった。全文を掲載する。

「本企画は、地域に根ざした公立美術館の隠れた魅力やアートに触れる楽しさ を再発見していくことを目的として、読売新聞社と美術館連絡協議会が始めたものです。新型コロナウイルスの影響で国内の美術館が一時休館を余儀なくされましたが、アート作品だけでなく、建物を含めた美術館の多様な楽しみ方を提示し、多くの方に美術館へ足を運ぶきっかけにしていただきたいと考えました。今後のことについては、様々なご意見、ご指摘を重く受け止めて、改めて検討する方針です」。

美術館のジェンダーアンバランス

 美術館のジェンダーバランスをめぐっては、世界各国でも議論がなされているが、ここ日本でもそのバランスが取れているとは言い難い。

 美術手帖が2019年に行った調査では、東京都現代美術館、東京都写真美術館、国立国際美術館、東京国立近代美術館の収蔵作品の男女比(2019年1月時点)では、男性作家による作品が78パーセントから88パーセントを占めていることが判明した

 また、職員について全国美術館55館(国公立、私立、独立行政法人すべて含む)における館長、学芸員、総務課職員の男女比を分析したところ、学芸員は女性比率が74パーセントとかなり大きいのに対し、館長職では男性比率が84パーセントと、比率が逆転している。