AI時代に人間が創造できるものは何か
──近年はAIをはじめとする新しいテクノロジーが急速に発展しています。そうした変化は、あなた自身の制作にも影響を与えていますか。
アウスラー もちろんです。私はこれまで、テレビCMのアニメーションからストップモーション、3DCGまで、考えられるほとんどすべての映像技法を試してきました。だからAIが登場したときも、ごく自然に「これはどんな映像がつくれるんだろう」と興味を持ちました。
実際、この展覧会でもAIを使っています。《mAcHiNe E.L.F.》(2023)では、俳優の映像をAIに入力して結晶へと変換し、それを実際のパフォーマンス映像と組み合わせています。人間とAIが共同でイメージを生み出すような作品ですね。AIが生み出す「ハルシネーション(幻覚)」も、とても面白いと思っています。しかもAIは生き物のように変化し続けています。2年前に生成できたイメージが、いまではもう生成できないこともある。それは非常に興味深い現象です。

どんな新しいメディアも、最初はフロンティアなんです。最初の映画も、ただ列車の先頭にカメラを載せて走らせるだけでした。それでも人々は驚いた。ビデオカメラが登場したときも同じです。AIも、いまはまだその段階にいるのだと思います。ただし、企業だけがAIを支配するようになれば、未来は決して良いものにはならないでしょう。だからこそ、アーティストはその内部へ入り込み、自分たちなりの使い方を見つける必要があります。
──40年以上制作を続けてきたいま、なおあなたを惹きつけているテーマとはなんでしょうか。
アウスラー AIはもちろん興味深い存在です。でも私が本当に関心を持っているのは、人間の創造性そのものなんです。本展の《星》(2026)も、その延長線上にあります。あの作品では、日本の心理学者・福来友吉(1869〜1952)による千里眼研究(*3)や、「リモート・ビューイング(遠隔透視)」のリサーチを参照しました。この作品の多くは、共同キュレーターであるアリス・ニェン=プー・コーとともに練り上げていきました。

AIによって「どんなイメージがつくれるか」を考えることももちろん重要ですし、誰がそのパラメーターを制御するのかということも重要です。でも、もっと面白い問いがある。それは、人間の脳そのものが、まだ未知のフロンティアなのではないかということです。
私たちは外の世界ばかり見ています。でも本当に未知なのは、人間の意識や知覚、創造性のほうかもしれない。例えば《星》の近くに登場するシュレーディンガーの猫も、量子物理学をそのまま説明するためではありません。私は「観測者効果」という考え方が好きなんです。何かを見るという行為そのものが、その対象を変えてしまう。絵画でも、「見るたびに作品が変わる」と言う人がいます。でも変わっているのは作品ではなく、見る側なんですよ。その意味では、作品はいつも観客との共同制作なんです。
私は昔から、鑑賞者がその場で意味を生み出せるような作品をつくってきました。この考え方も、ある意味では歌舞伎から学んだことにつながっています。
──最後に、AIの時代においても、人間の創造性は特別なものだと思いますか。
アウスラー ええ、そう思います。AIは私たちの仕事を模倣することはできます。でも、人間を模倣することはできません。私たちは、そもそも「意識」が何なのかさえ理解できていない。だから、本当の意味で意識を持つ機械をつくることも、まだ不可能だと思っています。機械をつくったのは私たちだ、ということを忘れてはいけません。
人間の素晴らしさは、まったく異なる2つや3つのソースを結びつけ、それまで存在しなかったものを生み出せることです。創造性とは、部分の総和を超えた何かを生み出す力なんです。
最近の作品では、そうした創造する力そのものを鑑賞者や参加者とともに祝福したいという気持ちが、以前より強くなっています。本展のタイトル「Tech/Gnosis(技術と霊知のはざま)」も、ある意味ではそのことを表しています。
私にとって創造性とは、一種の信仰なんです。宗教という意味ではありません。芸術を信じること。そして、人間には世界を変える何かを生み出す力があると信じること。それはアーティストだけではありません。どんな分野にいる人でも、自分なりの創造性を発揮することができる。私は、その可能性をこれからも信じ続けたいと思っています。
*3──1910〜11年頃に東京帝国大学(現・東京大学)の助教授であった心理学者・福来友吉が中心となり、透視や念写といった超常現象(超能力)の科学的実証を試みた一連の研究。



















