日本、超常現象、アーカイブ──「見えないもの」を追い続ける理由
──あなたの作品には、日本文化やUFO、心霊現象、疑似科学、カルトなど、一見すると周縁的にも見えるテーマが数多く登場します。こうしたものに長年惹かれ続けてきた理由はなんでしょうか。
アウスラー 私が興味を持っているのは、結局のところ「Belief System(信念の体系)」なんです。人はなぜ何かを信じるのか。
アメリカでは「幽霊を見たことがある」と答える人が約半数います。進化論を信じない人も決して少なくありませんし、UFOの存在を信じる人もたくさんいます。私たちは合理的な世界に生きていると思いがちですが、実際にはそうではありません。データを見れば、人間は驚くほど多くの「見えないもの」を信じていることがわかります。
だから私にとって、カトリックも、フロイトも、UFOも、コンセプチュアル・アートも本質的には同じなんです。どれも、人間が世界を理解しようとする方法なんですよ。近年では、その「信じること」がメディアを通してどのように広がり、共有されるのかにも関心があります。例えば《穴から吊り上げられて》(2025)では、19世紀の「カーディフの巨人事件」を扱いました。巨大な石像を「本物の古代の巨人の化石」だと人々が信じ、大勢が見物に訪れた出来事です。

私には、あれは現代のSNSそのものに見えるんです。フェイクニュースや陰謀論がどのように生まれ、人々の信念をかたちづくっていくのか。その構造は、当時もいまも変わっていません。私は、自分のアート作品が異なる時間の層に存在していると想像しています。
──そうした関心は、40年以上にわたって収集してきた膨大なアーカイブにもつながっています。あなたにとって「集めること」は創作のなかでどのような意味を持っているのでしょうか。
アウスラー 最初は単純に資料を集めていただけでした。1980年代から、カルトやニューエイジ運動、UFO、心霊写真、疑似科学などについて調べ始めて、気になるものを見つけるたびに保存していたんです。その後は映像メディアそのものの歴史にも興味が広がりました。

絵画や彫刻には美術館と歴史が存在しますし、当時のメディア文化には十分な歴史が残されていなかった。そこで「テレビを発明したのは誰だったのか」「ソニーのポータパックに使われているブラウン管はどこから生まれたのか」と、どんどん調べ始めたんです。電子テレビの主要な発明者のひとりであるフィロ・T・ファーンズワースの家系にまつわるコレクションも、今回の展示でご覧いただけます。
当初、私の収集活動はスライドやコピーでしたが、そのうち初版本や写真を集めるようになり、気づけば巨大なアーカイブになっていました。私自身は長いあいだ、そのコレクションをほとんど公開していませんでした。でも友人でありキュレーターのトム・エクルスが「これは本にすべきだ」と勧めてくれたんです。フランスのLUMA財団の支援もあり、そうして生まれたのが《計り知れないもの》(2015-16)でした。
──本展では、そのアーカイブと映像作品《計り知れないもの》がひとつの展示として紹介されます。
アウスラー 《計り知れないもの》は、信じがたい話ですが、私自身の家族史から始まる本当にあった出来事です。祖父チャールズ・フルトン・アウスラーは奇術師であり作家でした。そしてシャーロック・ホームズの作者アーサー・コナン・ドイルや脱出王ハリー・フーディーニと交流がありました。

第一次世界大戦後、彼らは降霊術師マージェリー・クランドンの能力をめぐって議論を交わしていたんです。コナン・ドイルは妖精や心霊現象を信じていました。いっぽう、フーディーニと私の祖父は、霊媒師のトリックを暴こうとしていました。
もし私が「マージェリーが全裸で交霊会を開き、身体から『エクトプラズムの手』を出してベルを鳴らし、それを『Scientific American』誌が科学的に検証していた」と話したら、多くの人はつくり話だと思うでしょう。でも、これは全部、本当に起きたことなんです。だから私は、この作品で事実とフィクションを混ぜようとは思っていません。歴史そのものが、すでに十分に奇妙なんです(笑)。
本展では映画だけでなく、当時の写真や資料、さらに登場人物同士の関係をまとめた巨大なフローチャートも展示しています。映画を見て、資料を見て、その複雑な関係を行き来しながら、「人はなぜ信じるのか」という問いを体験してもらえたらと思っています(このことが、ハリウッドには決して理解できないのです)。

──1987年に初来日して以来、日本文化もまた、あなたの創作に大きな影響を与えてきました。
アウスラー 日本に初めて来たときは、本当に衝撃的でした。版画や能、歌舞伎などは以前から勉強していましたが、実際に舞台を見ていちばん驚いたのは黒衣(くろご)の存在です。
黒衣は舞台の上にいる。でも観客は、その存在を「見ないこと」にしている。その約束事が、私にはとても魅力的でした。観客自身が想像力を働かせ、舞台を完成させている。その共同作業が、私の作品づくりにも大きな影響を与えています。私は以前から、それが電子スクリーンの機能や、メディア全般のあり方と結びついていると考えていたのです。
展覧会の初期作品を見ると、画面の外から突然手が入ってきたり、人が映像を動かしたりしていますが、それも歌舞伎から学んだ「見えているのに見えない」という感覚につながっています。
そして、もうひとつ忘れてはいけないのがソニーです。私が最初に使ったビデオカメラは、ソニーのポータパック(*2)でした。いま見れば決して「ポータブル」ではありませんが(笑)、あのカメラは映像表現を根本から変えました。私だけではなく、多くのビデオ・アーティストにとって、本当に革命的な存在だったんです。
*2──1967年にソニーが発売した世界初のポータブル式VTRシステム。



















