ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル。ハイジュエリーメゾンが支えるダンスの祭典

フランスのハイジュエリーメゾン、ヴァン クリーフ&アーペルが主催する「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」のフェスティバルが、2023年10月からの約2ヶ月間、ニューヨークで開催された。そこで上演された演目のレポートと、プログラム ディレクターを務めるセルジュ・ローランへのインタビューをお届けする。

取材・文=國上直子、安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

ダンス リフレクションズとは?

 フランスのハイジュエリーメゾン、ヴァン クリーフ&アーペルは、2020年に「ダンス リフレクションズ」というプログラムを発足し、振付芸術の振興に力を注いでいる。創造・継承・教育を軸にして、振付芸術に従事するアーティストや組織を支援し、新しい作品の創出を推進しながら、ダンスフェスティバルの主催も行っている。より多くの人々にダンスの魅力を伝えるのが、本プログラムのミッションだ。

 メゾンとダンスの関わりは、1920年代のパリまでさかのぼる。創業者のひとり、ルイ・アーペルは大のバレエファンで、甥のクロードを連れ立って、ヴァンドーム広場のブティックに近いオペラ・ガルニエに通い詰めていた。40年代には、のちにメゾンを代表する作品となる「バレリーナ クリップ」を発表した。60年代になると、クロードとニューヨーク シティ バレエ団の共同創設者であるジョージ・バランシンとの交流が生まれた。これをきっかけに、バランシンは宝石をモチーフにしたバレエ作品「ジュエルズ」を制作した。2012年には、ニューヨーク シティ バレエ団の元プリンシパルダンサーで、ダンスカンパニー「LAダンス・プロジェクト」の創設者のバンジャマン・ミルピエとのコラボレーションが始まった。メゾンは、ミルピエの「ジェムズ」、「マーファ・ダンス・エピソーズ」、「ロミオとジュリエット」などの創作・上演をサポートするいっぽう、ハイジュエリーコレクション「ロミオ&ジュリエット」を発表した。このほかにも、数々のダンスカンパニーや劇場とのコラボレーション、さらにFEDORA―ヴァン クリーフ&アーペル バレエ賞の創設などを行ってきた。そして一世紀にわたるメゾンとダンスとの互恵関係を、継続的な取り組みに昇華させたのが「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」だ。

 本プログラムが始動して以来、メゾンは世界各国の文化機関やダンスカンパニーとの協力関係を強化・拡大しながら、大規模なダンスの祭典「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」フェスティバルを開催してきた。会期中には、ダンス関連の映画の上映会や講演会、ワークショップなども実施し、ダンスの魅力の周知に努めてきた。22年のロンドン、23年の香港に続き、第3弾の開催地に選ばれたのはニューヨーク。期間中、ニューヨーク市内の劇場8ヶ所で、11の演目が上演された。今回は、そのうちの3演目についてレポートする。

「ダンス」(ルシンダ・チャイルズ、フィリップ・グラス、リヨン・オペラ座バレエ団)

ルシンダ・チャイルズ、フィリップ・グラス、リヨン オペラ座バレエ団による「ダンス」  Photo © Jaime Roque de la Cruz

 「ダンス」は、世界的に著名なポストモダンダンスの振付家、ルシンダ・チャイルズの代表的作品である。チャイルズは、1963年にジャドソン・ダンス・シアターで振付家としての活動を始め、73年に自身のダンスカンパニーを設立した。76年には、フィリップ・グラスとロバート・ウィルソンの革新的なアヴァンギャルドオペラ「アインシュタイン・オン・ザ・ビーチ」に出演し、オビー賞を受賞。その後、国際的に活躍し、30以上の主要バレエカンパニーで現代および18世紀のオペラの演出と振り付けを手がけてきた。チャイルズは、フランスの芸術文化勲章コマンドゥールを受章し、2017年にはヴェネチア・ビエンナーレの金獅子賞とアメリカン・ダンス・フェスティバルの生涯功労賞を受賞している。

ルシンダ・チャイルズ Photo © Lucie-Jansch

 1979年に制作された「ダンス」にはフィリップ・グラスの音楽とソル・ルウィットの映像が用いられている。演じるのは、コンテンポラリー・ダンスで知られているリヨン オペラ座バレエ団だ。ダンサーたちは、グラスのアンサンブルの細かく明るい音色をひとつずつ刻むように、動作を合わせながら舞台上を縦横無尽に移動する。時には、シンプルなムーブが持続的に反復される。ルウィットは、ダンサーたちの動きを事前に撮影し、それを舞台前面の薄いスクリーンに投影した。投影される動きは、舞台上の動きとシンクロする。今回の上演にあたり、映像は新たに撮影され、オリジナルのカット割はフレームごとに忠実に再現された。ステージとスクリーンのあいだで生じるわずかな動きの差や、座席からの光景とルウィットの選んだ画角の差を通して、身体・動作・視点の多様な在り方が浮かび上がってくる。メトロノームのように心地良いテンポの音と動きにより、その感覚は次第に増幅され、普段は気付くことができない、身体の抽象的な側面が強調されていく。

「Room With A View」((LA)HORDE、ローン、マルセイユ国立バレエ団)

(LA)HORDE、ローン、マルセイユ国立バレエ団による「Room With A View」  Photo © Cyril Moreau 

 「Room With A View」は、2019年にマルセイユ国立バレエ団の芸術監督に就任したフランスのアーティスト・コレクティブ、(LA)HORDEの作品。マリヌ・ブルッティ、ジョナタン・ドブルエル、アルチュール・アレルの3人によって13年に結成された(LA)HORDEは、身体表現を通じて、社会の周縁部やそこでの問題に光を当ててきた。振り付け、映画、ヴィデオインスタレーション、パフォーマンスとジャンル横断的な活動を行い、マドンナ、サム・スミス、スパイク・ジョーンズといったアーティストたちとのコラボレーションも実現してきた。

 (LA)HORDEは「ポスト・インターネットダンス」という概念を用いて、インターネットがもたらした世界規模の共時性や集合意識から派生する、新しい身体表現に関心を寄せている。ソーシャルメディアで拡散されるダンスムーブの源流やそれらが今日の振付家に及ぼす影響についても探求している。マルセイユ国立バレエ団においては、伝統的なダンスのカテゴリーや高級芸術/大衆芸術といった分類を積極的に取り払い、多様な表現要素を取り入れた作品で、広く注目を集めている。

(LA) HORDE Photo © BorisCamada-DA-AliceGavin

 本作の舞台となるのは大理石の採石場。エレクトロニカ音楽で知られるローンのDJパフォーマンスとともに、若者たちの複雑な感情や関係性が展開する。愛と憎しみ、暴力と和解、個人と集団といった対立性のあいだのダイナミズムが、25名のダンサーによって表現される。やがて若者たちは一致団結し、高まった感情は何かへの強い抗議へと変化していく。そして高揚がピークに達した後、波が引くように、1人、2人とダンサーたちが舞台を去っていく。

 本作はソーシャルメディア上の人間の感情や欲求、強さ/弱さ、熱しやすさ/冷めやすさの「ショーケース」のように見えた。(LA)HORDEは、ソーシャルメディアは世界に混沌をもたらしたのではなく、もともと混沌としていた世界を見えやすくしたツールにすぎないと語る。本作は、目まぐるしく移ろう「人間らしさ」を赤裸々に表現している。

「L'ÉTANG」(ジゼル・ヴィエンヌ)

ジゼル・ヴィエンヌによる「L'ÉTANG」  Photo © Jean-Louis Fernandez

 振付家/演出家として活動するジゼル・ヴィエンヌが、スイスの作家ローベルト・ヴァルザー(1878〜1956)の小説を翻案した演目。原作は20世紀初頭に書かれており、方言が多用され、言語的にも興味深いテキストとなっている。

ジゼル・ヴィエンヌ Photo © Karen-Paulina-Biswell

 本公演は開幕前より幕が開けられており、ステージにはベッドが置かれ、そのまわりに人々がブラックライトに照らされて横たわっている。さながら演劇作品の始まりのようだ。ステージの照明がつくと、横たわっているのはすべてジゼルが自作で多用するマネキンであることがわかる。それらがすべて片づけられたのち、ピナ・バウシュ劇団での活躍で知られるダンサー、ジュリー・シャナハンと、女優のアデル・エネルが登場する。ダンスミュージックが爆音でラジカセから流れ、それが止まると緩やかな動きによるパフォーマンスがスタートする。エネルは子供の、シャナハンは母親のような格好をしており、一見親子の会話と思わしき会話を始める。

 スローモーションのようなゆっくりとした発声は、ふたりの身体の動きと絡み合うかのごとく会場に響き渡る。母親に見捨てられ、自殺を偽装する親子の話であることはわかるが、ふたりの会話を追っていくと、やがて彼女たちが演じている人格が、複数にわたっていることに気づかされる。手足の指先すべてに神経が行き渡っているかのような計算し尽くされたシャナハンの動きは、空間に響き渡る言語と呼応しながら物語を鑑賞者の身体に染み渡らせるかのようだ。また、エネルもシャナハンに負けず、心奥から発せられているような声で場を支配する。様々な役柄が入り乱れながら、ふたりの身体は応答を重ねていき、ラストの静寂まで駆け抜ける。すべてがスローなのにもかかわらず、非常に密度の高い空間が時間を加速させていた。

 大量の情報にさらされ、ともすれば言葉や身体までがそれらに規定される現代において、ゆっくりと響く言語に耳を澄ませ、四肢の隅々にまで意識を集中させる本作は、鑑賞者一人ひとりが自分を取り戻すためのヒントにあふれている。

セルジュ・ローラン(ダンス&カルチャー プログラム ディレクター)インタビュー

セルジュ・ローラン © Van Cleef & Arpels SA – Marc de Groot

 2019年より、ヴァン クリーフ&アーペルのダンス&カルチャー プログラム ディレクターを務めるセルジュ・ローランに「ダンス リフレクションズ」の取り組みについて話を聞いた。

 ローランは、2000年から19年まで、ポンピドゥー・センターで舞台芸術企画部門の責任者を務めていた。あるとき、ヴァン クリーフ&アーペルにプログラムの支援を打診したところから、両者のつながりが生まれた。「ヴァン クリーフ&アーペルは長いあいだ、ダンスから多くのインスピレーションを得てきました。ダンスプログラムの支援を決めたのには、恩返しの意味も込められていました」。

 さらにダンスへのコミットメントを強めたいとメゾンから助言を求められたローランは、3つの方法を提案した。「ひとつは経済的支援で、アーティストの制作を後押しすることです。公的資金による援助は、フランスでは広く行われていますが、世界的には縮小の一途をたどっています。2つ目は、作品発表の場を設けることです。完成した作品を披露できなければ、発展にはつながりません。3つ目は教育です。例えば今回のようなフェスティバルを行う際には、誰でも参加できるワークショップを開催しています。どんなアートでもそうですが、実際に体験することが理解を深めるための重要な要素になります」。

 そしていま、ローランはメゾンに移り、自らこれらを実行している。さらに前職で得たネットワークを生かしながら、大規模イベントをより円滑に開催できるよう、世界中の機関との関係強化を進めている。「ダンス フェスティバルのような、大勢の人がダンスにふれ、交流する場を設けることで、ダンスが発展していくための原動力が生まれるのです」。

 公的機関からハイジュエリーメゾンへと取り巻く環境は変わったが、アーティストをサポートするという自身の役目はまったく変わっていないという。「ダンスというのは、クラシック、ネオクラシック、コンテンポラリーというように、カテゴリーごとにバラバラになりがちです。こうした枠組みを取り払うべく、プログラムではカテゴリー横断的なパフォーマンスを積極的に紹介していきます。

編集部

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