丁寧な仕事とつくり出されるものとの対話
「ハイジュエリーのエキシビション」と聞いて予想するものはなんだろうか? 暗い空間でガラスケースに入ったジュエリーが眩い光を放つ光景、と言う人もいるだろう。しかし、京都・下鴨神社に出現したエキシビション「LIGHT OF FLOWERS 花と光」は、そんなありふれたものとはまったく異なっている。
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本展は、ハイジュエリーメゾン「ヴァン クリーフ&アーペル」が主催する特別なエキシビション。2021年春に「T-SITE GARDEN GALLERY」で開催された、華道家・片桐功敦(かたぎり・あつのぶ)とのコラボレーション展覧会「LIGHT OF FLOWERS ハナの光」に続くものとして位置づけられている。
花道みささぎ流家元で、人類が原始的に持つ自然への憧憬や畏怖の念を具現化するため、生け花の技術を用いた表現を続けてきた片桐。いっぽう、1906年創立のヴァン クリーフ&アーペルは、自然、とりわけ花々を1930年代初めから現在までもっとも重要なインスピレーションソースのひとつとしている。この両者の出会いは必然だった。
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人々を魅力するジュエリーだが、その元となるのは原石だ。「ジュエリーになる前の石は、手を入れてない花を見る感覚と近い。生け花の過程と、石をジュエリーにする職人の過程は近いものがある」。片桐がこう語るように、生け花とジュエリーは、ともに自然の要素を芸術の域にまで高めるという共通点を持つ。糺の森や御手洗池など、豊かな自然を有する下鴨神社は、まさに両者の展覧会としてふさわしい場所なのだ。
糺の森の「落ち葉の山」
清々しい空気が流れる下鴨神社で、まず鑑賞者を包み込むのは糺の森。縄文時代から続くとされる3万坪以上の広大な森を歩いていくと、こんもりとした落ち葉の山が見える。じつはこれがひとつ目の展示会場だ。
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木材で構造をつくり、その上に糺の森の落ち葉を敷き詰めるという手法で生み出された、それ自体が作品とも言える会場。片桐はここを「御手洗」としてつくったのだと話す。その意味は、内部に入るとわかる。
参道を思わせる白い通路を進むと現れる天窓。「枝の美しさや葉の移ろいを見せたい」という片桐の思いが反映されたものだ。これを抜けると境内から流れる清らかな小川があり、そこに生けられた花々が周囲の風景に溶け込んでいる。まさしくここは、心を清めてくれる御手洗のような空間なのだ。
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ブラックキューブの中で見る「命の循環」
糺の森を抜けた先にある境内には、本展のために設計された巨大な特設会場が姿を見せる。紅葉した虫食いの葉っぱを写したファサードと、これを挟む内外の水盤。建物はブラックキューブとなっており、赤く色づいた葉が鮮やかな色を放つ。また天井には落ち葉が敷き詰められ、そこから漏れる陽の光は星のようだ。
秋は、花の季節から花がない季節に移り変わっていく時期であり、一見生け花には不向きなようにも思える。しかし片桐は、「終わっていく季節があるから、またその次の春に芽吹く季節があるっていう循環が自然の美を永遠ものにする」「落ち葉の下には、芽吹くために力を蓄えている植物がある。その世界を感じてもらいたい」と話す。自然界で延々と繰り返される循環。それを実感できる、静謐な空間だ。
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水面に咲く花のように
枯れゆく花の世界から境内の川を渡り、枯れない花=ハイジュエリーの世界へと進もう。今回、ヴァン クリーフ&アーペルのジュエリーが並ぶのは「細殿」。折り上げ二重の格天井が美しい建築だ。
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展示空間は、建築と呼応するようにアールを活かしたデザインとなっており、和紙の壁紙が柔らかに光を反射する。特注の展示ケースは木製で、銀箔を施すことで未来の船のような印象も与えている。
さらにケース内部は左官職人・久住有生の仕事によって水面のような揺らめきが表現された。御手洗から始まる展示の終着点となるこの水面に咲くのは、72点ものハイジュエリー。すべてが「花」や動植物をテーマにキュレーションされたもので、メゾンの歴史を伝えるように、様々な年代の作品が混ざりあいながらも連続性を持って展示されている。
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片桐は、ヴァン クリーフ&アーペルとのコラボレーションについて、次のように振り返っている。「生け花の作品はこの世から姿を消してしまうもの。いっぽうジュエリーは長く形を留めます。形となったものに違いはあってもヴァン クリーフ&アーペルと自身のクリエイティブの根本は同じ。丁寧な仕事とつくり出されるものとの対話が本物の作品を生み、人の心を動かす」。
そうした両者の対話に基づき組み立てられた3つの会場。そこには、移ろいゆく季節の中の花の尊さと、そうした花々への敬意が満ちあふれている。
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