第四節:孤独な建築への序章
これまで本論では、藤本の試みを、彼自身の言葉や信条に即して、豊かな多様性を実現するものとして、できる限り肯定的に捉えてきた。しかし、それを闇雲に否定すること自体は容易であった。これはヘテロトピアではない、多様性でもない、結局は多様という名の一様にすぎない──そうした文脈を欠いた直情的な批判は、単調であれメタ的であれ、いくらでも可能であった。また、会場プロデューサー選出が不透明である、IR(統合型リゾート)を含む乱暴な再開発に加担している、ジェノサイドや極右政党が台頭する現実の前で空疎である、といった批判を重ねたところで、建築家としての藤本は揺るがない。むろん、この言明は、それら批判を無駄な努力だと貶めることを意味しない。ただ、それらは作品の核心に触れていないことで、作品の本質を見誤るだけでなく、抜本的な批判の契機そのものを逸してしまっているのだ。では、抜本的な批判とは何か。それは、藤本が信じて疑わない自然や未分化を問い崩すことであり、彼が拠り所としている場所そのものを木っ端微塵にぶち壊すことである。それは、森に本当の他者を、荒ぶる神や鬼を放り込むことを意味する。端的に言えば、《リング》こそが、分断を引き起こす原因を胚胎しているのだ。
藤本は、会場デザインプロデューサーを引き受けた理由として以下のように述べる。
トランプ大統領に象徴されるように、世界中で分断という言葉が強く言われていたことです。万博は世界のおよそ8割の国が一堂に集まるイベントなので、バラバラになりそうな世界情勢に対して、それでも世界は繋がることができるという希望を発信することは、世界に対しての鮮やかなカウンターメッセージになると思い、万博を開催するとてつもなく大きな意義があると考えました。(*69)
ドナルド・トランプの当選は、メキシコとの国境に壁を建設する政策を実際に推進した事実に端的に示されるように、分断を基調とする政治的方向性を体現するものであり、その性格は間違いない。しかしながら、歴代米大統領でおそらくもっともグローバルな出自を持ったバラク・オバマに代わり、アメリカ国民がトランプを民主的に選択した理由のうちの一つは「(否応なしに)つながってしまった世界」(*70)へのアレルギー反応(*71)ではなかったか。インターネットという自立分散的システムがもたらした、多様性を許容する情報環境や、新自由主義的な自生的秩序としてのグローバル市場の浸透が、あたかも自然の摂理であるかのように不可避的なものとして受容されるなかで、そうした何処までも続く空のようなインクルーシヴな世界像から排除されたと感じる人々、あるいは依然として20世紀的な国家概念に強く依拠する人々が、世界への参与可能性を剥奪されたかのように経験する事態が生じた。その感覚に対するアレルギー反応の泡沫的な表出の一つが、トランプの選出であった。だとすれば、その分断反応に対して、その原因となったところと同質の理念に基づいた自然や未分化をぶつけることは、決してカウンターにはならないはずだ。《リング》は、問題となっている分断をことごとく反復する可能性を胚胎しているために、「日本人ファースト」などと、現実を黙殺し嘯く人々に何も響かないのだ。藤本が森概念を完成させるために必須だった東京という混沌体験から、批判を始めることができるだろう。
東京の雑然としているにもかかわらず何処か秩序を感じさせる都市空間は、これまで、数々の建築家の想像力を喚起してきた。その東京の、自然発生的で混沌とした、身体感覚として何処までも広がっていく都市は、その中心に位置する皇居という巨大なヴォイドの存在によって、一定の秩序と均衡を保つことが可能になっている。これは、かつてロラン・バルトが指摘した「神聖なる『無』」の場所であり、「東京の都市全体が円をえがいて広がって」いく基盤となっている(*72)。さらに藤森は、山手線を、皇居を中心たらしめる円環状の構造であると指摘する(*73)。《リング》とはまさに、この皇居を空無として山手線を円の外縁とする東京という森にほかならない。つまり《リング》とは、未分化で混沌とした東京で住み続けることのできる人をモデュロールとした建築なのである。これは、上述した「インクルーシヴな世界像から排除されたと感じる人々」等は、モデュロールではないということを意味している。東京という空間──絶えず更新され続ける情報、動線、欲望が重層的に交錯する都市環境──は、そこに身を置くすべての人間にとって自明に受容可能なものではない。東京という混沌の只中に長くとどまることで、むしろ疲弊や過剰な緊張を覚える主体が存在するという事実は、この都市の秩序が普遍的な安定ではなく、特定の感受性の上に辛うじて成立していることを示している。機能による抽象化が汲み尽くせない多様性すなわちコルビュジエのモデュロールから溢れ出てくる人々を拾い上げる場所としての森は、また別の新たなモデュロールを暗に抱えているのだ。それは、《リング》が、何処までも続く一つの空無であることに由来している。
ところで、「何処までも」とは、西田幾多郎の口癖ではなかったか。「主客身分の」(*74)「内外の別あるのではない」(*75)純粋経験を可能とする、「如何なる意味においての有無の対立をも超越してこれを内に成立する場所」(*76)としての西田の無の場所を、柄谷行人は、日本におけるポストモダンの言説空間と重ね合わせる。「『外部』をもたない閉じられた言説体系」(*77)と形容される他者不在のそれは、日本の近代を西欧の近代と同一視し、空回りな批評を繰り広げる者たちへの痛烈な批判であったが、柄谷は、西欧の言説における無矛盾的な構築への絶え間ない情熱、「建築への意志」を、日本のそれとは区別する。西欧における建築への意志とは、「混沌とした過剰な“生成”に対して、もはや一切“自然”に負うことのない秩序や構造を確立すること」(*78)であり、それは例えばヘーゲルの「精神」や、アレグザンダーのセミラティスという構造分析であって(*79)、無矛盾的であろうとすることによる「生きられ る世界」の現象学的還元にすぎないとする。故に、それは、構築を厳密に追求すればするほど、無根拠であることが露呈する。一方で、日本における建築への意志は、「宣長のいうような自然=生成」が、一見人工的な構築に対する批判であるかに見えて、それ自体が構築であるところのものだという(*80)。つまり、柄谷によれば、日本という場所は、何処までも空無な自然が底なしの権力をもって鎮座するために、この自然を揺さぶるのでなければ外部は現れない、他者は存在しないのである。柄谷は、この議論を天皇制へと接続し、空無というかたちで存在し、自然を装う「ゼロ記号」としての天皇は「発明」されたものだとするのだが(*81)、この発明されたものとしての自然の天皇とは、吉本隆明がいう〈天皇(制)〉である。
まずきわめてはっきりしていることは、〈天皇(制)〉が本来的に世襲してきたものは、特殊な宗教的な祭儀だけだといっていいことである。そしてこの祭儀は天皇位を相続する祭儀にもっとも集約してあらわれているといってもよい。(中略)この出自がすこぶる不明な〈天皇(制)〉の勢力は、世襲的な祭儀の中枢のところで、あたかもじぶんたちが農耕社会の宗家であるかのような位相で土俗的な農耕祭儀を儀式化したのである。(*82)
当初は〈天皇(制)〉に独占されることなく、王権成立以前から各地の共同体に共有されていた季節循環(自然暦)に基づく農耕儀礼は、新嘗祭や大嘗祭といった国家祭祀として再編成され、やがて編暦整備と相俟って、時間秩序を王権の権威と結びつけるかたちで上位化・制度化されていった。日本における「自然=生成」の構築とは、自然そのものでなく、徹底して人工的に構築されながらも、見事なまでに人為の痕跡が存在しないよう構築された自然にほかならない。磯崎新の言葉を借りれば、起源をもどく始源である。吉本は、この時間の乗っ取りを問題化することで、何処までも空無な〈天皇(制)〉を相対化しようとしているのだ。東京という混沌を模す《リング》は、北海道の自然に、あるいはインターネットの自然に限りなく近づいた、人工の自然──建築家なしの建築のもどき──である。したがって、建築家なしの建築を達成したいと話す藤本に対する、「だから簡単に言うと、藤本さんは時間の偽造をしたいと言っているのではないでしょうか?」(*83)という藤森の返答はじつに鋭い。なぜなら、自然を人工的に創造しようとするならば、〈天皇(制)〉がそうであったように、時間を偽造することでしか現れないからだ。藤本が遡行した末に辿り着く「根源」の無根拠(起源)、それを森やプリミティヴという騙りでもどくことで(始源)、《リング》は形成されていると言えるだろう。重要なことは、そのもどきを肯定的に転換し、多様が達成される自然な森であるかのように騙ったとしても、それが〈天皇(制)〉というもどきによって構築されてきた日本的自然の抑圧的構造を反復しているにすぎないという点であり、繰り返すが、文脈は異なれど、同じく何処までも空無で潜勢的創造性に満ちているはずのインターネット空間もまた、外部がないという点でこの〈天皇(制)〉と同質の構造を有している(*84)。したがって、同様の論理──内/外を消去し、包摂を騙る空無の中心──によって設計された〈天皇(制)〉的空間としての《リング》もまた、構造的に見て、分断に抗するカウンターにはなりえないのである。
「(否応なしに)つながってしまった世界」、その結果としての自閉的なナショナリズムや陰謀論は、緩和しなければならないアレルギー反応と呼んで差し支えない。しかし、そのアレルギーの根幹には、これまで確認してきたように、疎外されているという感覚があったはずだ。この感覚自体は、個人の資質によるのでなくアーキテクチャのデザインの欠陥によるのであり、その欠陥とは、これまで説明してきた内/外のない無限の開かれと、それを正当化する包摂的な騙りにほかならない。他者として扱われなかった人々が声を上げること自体を、われわれは、非知性的だとして冷笑し退けてはならない。むろん、藤本の勇気ある試みも同様に嘲笑してはならない。だが、はっきりと述べておきたいことは、藤本が依拠する森的なものこそが、分断の契機の一端を担っているということである。われわれは、アレルギー反応に対して真摯に向き合わなければならない。諏訪もしくは〈天皇(制)〉を源流としながら伊東豊雄という天竜川を経て藤本壮介という遠州灘へと達し、太平洋という「永遠」(*85)が見つかるような空間が、分断に対するカウンターにならないとすれば、どのような方法がアレルギーへの根治療法として考えられるだろうか。建築を閉じることを、試みまでに提言したい。
建築を閉じ、隔絶すること。具体的には、開かれた無時間的な空間を一時的なものとし、閉じられた時間──ディアクロニー(隔たった時間)(*86)──を挿入することで、閉じられた空間──ディアトピア(隔たった場所)──を創造すること。閉じられていることが、直ちに分断そのものであるわけではない。それは、原初へ赴くことで超越的な未分化を発見する一瞬手前、本当は断絶されていたものを神秘的につなぎ合わせる騙りの一歩手前、そのような本来の遡行の限界地点で止まり、他者へと向かって「命がけの飛躍」(*87)をするための場所を創造することにほかならない。
この跳躍はそのつど盲目的であって、そこにこそ“神秘”がある。われわれが社会的・実践的とよぶものは、いいかえれば、この無根拠的な危うさにかかわっている。そして、われわれが《他者》とよぶものは、コミュニケーション・交換におけるこの危うさを露出させるような他者でなければならない。(*88)
盲目的な跳躍、目は、閉じられている。ここでいう他者とは、柄谷がいうところの言語ゲームが成立しないような他者であり、それは例えば「猫」である(*89)。そのような場所はまさしく閉じられている、が、開かれていないのではなく、もしかすれば暗夜を手探りで歩くことで、他者への道が創造されるかもしれない場所である。それは、接続がギリギリの地点で思考することを可能にするトポスにほかならない。対極主義──縄文土器を称揚しながらも神秘的世界を拒絶した岡本が立っていた地点とは(*90)、柄谷と文脈はまったく異なれど、そのような地点だったはずだ。
とかく「行動」といわれるのは、思想に従属した観念的な行動だ。もっと手に負えない、盲目的なアクションが「思想」と対決しなければならないと思う。それは現代の緊急な課題である。極論すれば、ナマなアクションをぬきにしてほんとうの哲学、思想はありえないと思うのだ。客観視しないと実体がつかめないというのは近代的思考の伝統だが。そうではなく、生きている瞬間に、無目的的に運命のまっただなかにとび込む。そしてはじめて思想が肉体化するのだ。(*91)
岡本は、その隔絶された地点から盲⽬的に跳躍することを「挑む」と⾔っていた。実際、岡本は猫と対峙していた(*92)。猫と⼤真⾯⽬に向かい合う岡本は、果たしてばかばかしいのだろうか。滑稽であるだろうか。否、そうではないだろう。岡本が、《太陽の塔》が「孤独」(*93)を携えていると述べる理由は、それが⽬が閉じられた世界における建築だからである。その態度とは、他者性を包摂してしまわない態度にほかならないのである。建築が孤独の時間をもつこと、それは、乗っ取られた時間を奪取する空間をもつことだ。太平洋の永遠を前にして閉じられた⽬のような、隔たった孤独な場所──ディアトピア──を創造することこそが、希求されなければならないのである。
*69──『新建築 特集:2025年大阪・関西万博』新建築社、2025、61頁。
*70──「『(否応なしに)つながってしまった世界』とは、自国の主権が及ばない地域の出来事が、瞬時にして直接自らの生活空間に侵入してくることが容易に想定し得る世界ということだ。サイバー、宇宙、金融、パンデミック、気候変動、テロなどの問題はその典型であろう。また日常的にも、インターネットをはじめとする通信技術の飛躍的向上、個人が入手できる通信デバイスの低価格化によって、人類の多数が常時つながっている状態が、人類史上初めて出現した。このような状況の出現にともない、個人、地域社会、主権国家、国際社会というユニットの関係性が変容しつつある。これは、完全には『局外者たり得ない世界』が到来したということだ」(中山俊弘『理念の国がきしむとき オバマ・トランプ・バイデンとアメリカ』千倉書房、2023、14頁)。
*71──「現代はカリフォルニアン・イデオロギーのもと、こうした情報産業を中心に、グローバルな市場にイノベイティブな商品やサービスを投入することで、『世界を変える』という思想がすっかり支配的になろうとしている。(中略)この21世紀は長期的にはグローバルな市場から世界が変わっていく時代であり、短期的にはそのアレルギー反応としてのナショナリズムの時代なのだ」(宇野常寛『母性のディストピア』集英社、2017、421-422頁)。
*72──ロラン・バルト『ロラン・バルト著作集7 記号の国』石川美子訳、みすず書房、2004、53頁。
*73──彦坂尚嘉、五十嵐太郎、新堀学編著『空想 皇居美術館』朝日新聞出版、2010、141頁。
*74──西田幾多郎『善の研究』岩波書店、2012、20頁。
*75──同上、22頁。
*76──西田幾多郎『西田幾多郎哲学論集1』岩波書店、1987、80頁。
*77──柄谷行人『批評とポスト・モダン』福武書店、1985、26頁。
*78──柄谷行人『隠喩としての建築』講談社、1989、15頁。
*79──この批判は、自然な対象に対する分析手法に関わるものであり、東京という都市そのものが混沌とした自然でないことを意味しない。すなわち、東京をどう見るかが問題とされている。もし自然生成的に構築されたそれを事後的に秩序だったものとして見るのであれば、「建築への意志」が働いているといえるだろう。
*80──柄谷行人『批評とポスト・モダン』福武書店、1985、47頁。
*81──「つまり、建武の中興の頃に、いちばんはやった熱狂的に読まれた哲学がありまして、それは朱子学なんですね。だから南朝の北畠親房の『神皇正統記』というのが、結局、中国の朱子学の正統論に興奮して、万世一系という観念をつくったわけですね。天皇がもう機能しないことがよくわかっているときに、その意味づけを、ゼロ記号としての連続性に求めたと思うのです。(中略)天皇はいてもいなくてもどうでも良いような時期がいっぱいあるわけですよ。しかし、それはずっと地下水みたいにつながっている。北畠たちがいうのはそういう種類の正統性だと思う。だから朱子学の適用ではあるけども、天皇が一種のゼロ記号であるということを、たまたまそうであった歴史的事実を逆手にとって“発明”したと思うんです」(柄谷行人、笠井潔、松本健一「天皇制̶抑圧的融和の弁証法」『文藝』河出書房新社、1986年5月号、253-254頁)。
*82──吉本隆明『吉本隆明全集11 一九六九─一九七一』晶文社、2015、307-308頁。
*83──藤本壮介、伊東豊雄、五十嵐太郎、藤森照信『藤本壮介 原初的な未来の建築』INAX出版、2008、130頁。
*84──無限の開かれを装うそのデザインゆえに、疎外的感情を喚起し、無理矢理外を策定する反射運動としてのフィルターバブルへの迎合やエコーチェンバーへの接続がある。開かれているが故に、開かれに適合しないモデュロールは、疎外による怒りの感情が惹起される。そして、永遠の内空間で外部が捏造され、抹殺されるという排外的運動が生み出されてしまう。
*85──アルチュール・ランボー『ランボー詩集』堀口大學訳、新潮社、1951、114頁。
*86──フェルディナン・ド・ソシュールによるシンクロニー(共時性)とディアクロニー(通時性)の用語法とはまた別の意味で用いられたエマニュエル・レヴィナスのディアクロニー(隔時性)という、共時に先立つ断絶した時間性として、他者との乗り越え不可能なずれを抱えているという含意のある用語をここでは利用したい。ただし、それは必ずしもレヴィナスが用いる意味での応答や責任を迫る〈顔〉を含意しない。そこからは、たんに隔たれているという意味だけをここでは抽出したい。
*87──柄谷行人『探求Ⅰ』講談社、1992、27頁。
*88──同上、50頁。
*89──同上、51頁。
*90──「私たちには、すでに四次元との対話はありません。しかし、あたかも彼らが超自然の世界と交渉したように、おなじく不可視ではありながら、つよく現実的にせまってくる切実な問題にふれています。それはたんなる美学にかかわりありません。二つの世界が冷たくまた熱く対立し、予告もなく水爆が炸裂し、とつぜん奇怪な経済恐慌がおこります。それはさながら原始社会における精霊のように、よいにつけ悪いにつけ、じっさいにわれわれの生活をおそってきているのです」(岡本太郎『岡本太郎の本2 日本の伝統』みすず書房、1999、42頁)。
*91──岡本太郎『岡本太郎の本5 宇宙を翔ぶ眼』みすず書房、2000、318頁。
*92──「あちこち見た後山猫の柵の前に来た。小生意気な眼をして居るので睨んでやつた。向ふもこつちを睨んで居る様だ。東洋人の眼の違つたところがわかるのかな?等と思つて尚も睨みつゞけると、向ふの眼が殺気立つて来た様に思へた。こうなればとこつちも必死になつて睨みつゞけてやる。突然異様な叫声と共に私の方に向つて飛びかゝつて来た。私は一歩退いた。あたりの人達もびつくりして振りかへつた様だつた。私は内心得意だつた。俺の眼光が山猫をいら立たせたのだ!」(同上、232-233頁)
*93──岡本太郎『岡本太郎 挑む/夢と誓い(抄)』日本図書センター、1998、52頁。



















