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美術館、財団、工芸、建築から読む、ヴェネチアのアートスポット15選【3/3ページ】

11.オーシャン・スペース(Ocean Space)

ラグーン都市が海を政治的・環境的公共圏として問い直す

 オーシャン・スペースは、カステッロ地区の旧サン・ロレンツォ教会を再生した、海洋と環境をめぐるリサーチ型アートスペースである。TBA21–Academyによって運営され、展示、リサーチ、パブリック・プログラムを通じて、海洋リテラシー、環境をめぐる不平等、植民地主義、先住民の知、気候危機といった問題を扱っている。長く閉ざされていた教会を文化的な公共空間として再び開いた場所でもある。

オーシャン・スペースの外観 Courtesy of TBA21–Academy. Photo by Marco Cappelletti

 この場所の特徴は、ヴェネチアという都市の条件とテーマが強く結びついている点にある。ラグーンに浮かぶヴェネチアは、海と共生してきた都市であると同時に、観光、公害、高潮、クルーズ船、気候危機といった問題を抱える都市でもある。オーシャン・スペースは、そうした現実を美術とリサーチの言葉を通じて考える場所である。

「Repatriates Collective. Tide of Returns」展(2026年3月28日〜10月11日)の展示風景 Commissioned and produced by TBA21–Academy. Photo by Jacopo Salvi

 展示は、アーティストだけでなく、科学者、研究者、活動家との協働によって構成されることが多い。異なる専門領域の知見を結びつけることで、海を鑑賞の対象としてではなく、調査し、議論し、行動するための場として捉え直している。旧教会の空間もまた、海洋をめぐる知識や声が集まり、共有されるための器として機能している。

住所:Chiesa di San Lorenzo, Castello 5069
開館時間:展覧会により異なる
休館日:展覧会により異なる
チケット:無料または展覧会により異なる
公式サイト:https://tba21.org/oceanspace

12.ドリス・ヴァン・ノッテン財団(Fondazione Dries Van Noten)

ファッションを工芸と記憶の言語として読み替える

 ドリス・ヴァン・ノッテン財団は、ヴェネチアの新しい文化拠点として注目される存在である。ベルギーのファッションデザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテンとパートナーのパトリック・ファンヘルーヴェが、パラッツォ・ピザーニ・モレッタを舞台に立ち上げた財団で、ファッション、工芸、現代美術、装飾、歴史的空間を横断する活動を行う。

ドリス・ヴァン・ノッテン財団の外観

 この財団の魅力は、ファッションを衣服の展示にとどまらず、手仕事、素材、色彩、装飾、身体、記憶の問題として捉えている点にある。フォルトゥーニやモチェニーゴと同じく、ヴェネチアに根づく布と装飾の文化を、現代的な視点から再解釈する場所といえる。

スティーブン・シアラー《Whiskered Sentinel》(2024) © Steven Shearer
Courtesy the artist, Galerie Eva Presenhuber and David Zwirner
ユリウス・ブリュートナー《Grand piano 36437》(1893)
作者不明《ピエトロ・ヴェットール・ピサーニの肖像画》(18世紀)
Photo by Matteo de Mayda

 歴史的パラッツォの室内に、服飾、工芸、現代美術、オブジェが並置されることで、ジャンルの境界は曖昧になる。いっぽうで、一般的な美術館のように随時入館する施設ではなく、訪問には公式サイトでの事前登録や予約枠の確認が必要となる。だからこそ、開かれた観光施設というより、ヴェネチアの歴史的パラッツォを新たな文化の実験場として使う試みとして紹介したい。

住所:Palazzo Pisani Moretta, San Polo 2766
開館時間:予約制・展覧会により異なる
休館日:展覧会により異なる
チケット:予約制、公式サイトで要確認
公式サイト:https://fondazionedriesvannoten.org/

13.パラッツォ・モチェニーゴ(Palazzo Mocenigo)

布と香りからヴェネチアを読む

 パラッツォ・モチェニーゴは、ヴェネチアの衣装、テキスタイル、香水、貴族文化を知るための美術館である。1985年に一般公開され、現在はヴェネチア市立博物館群に属する「テキスタイル・衣装・香水史研究センター」として機能している。

「テキスタイル・衣装・香水史研究センター」として機能するパラッツォ・モチェニーゴ Photo by Nico Covre

 館内には、古い衣装、織物、レース、香水に関する資料が展示され、ヴェネチアの貴族生活と装飾文化を伝えている。絵画や彫刻だけでは見えてこない、身体、嗅覚、素材、流行、社会階層の歴史に触れられる点が大きな魅力である。ここで扱われる布や香りは、ヴェネチアが交易都市として多様な素材や文化を受け入れてきた歴史とも結びつく。

ヴェネチアの貴族生活と装飾文化を伝える展示 Photo by Nico Covre

 視覚芸術の都市として語られがちなヴェネチアを、布と香りから読み直すこの場所。交易都市として各地の香料や素材を受け入れてきた歴史が、衣装や室内装飾の背後に立ち上がる。フォルトゥーニ、ドリス・ヴァン・ノッテン、カ・ペザーロの東洋美術コレクションと並べて見ることで、ヴェネチアの美術をより広い感覚文化として捉えることができる。

住所:Santa Croce 1992
開館時間:季節により異なる
休館日:月など
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://mocenigo.visitmuve.it/en/home/

14.オリベッティ・ショールーム(Negozio Olivetti)

スカルパの建築語彙が凝縮された小さな部屋

 サン・マルコ広場の一角にひっそりと存在するオリベッティ・ショールームは、カルロ・スカルパによる小さな建築の傑作である。1957年に開設されたこの空間は、タイプライターで知られるオリベッティ社のショールームとしてつくられた。

オリベッティ・ショールームの外観 Photo © Gabriele Bortoluzzi

 スカルパは、限られた細長い空間のなかに、石、水、ガラス、金属、木、階段、展示台を精密に配置した。アルベルト・ヴィアーニの《Nudo al sol(陽光の中の裸婦)》(1956)、宙に浮くような階段、床のモザイク、素材の切り替え。わずかな空間のなかに、スカルパの建築語彙が凝縮されている。

オリベッティ・ショールームの内部 Photo © Gabriele Bortoluzzi

 クエリーニ・スタンパリアが水と建築の関係を大きなスケールで示す場所だとすれば、オリベッティ・ショールームは、スカルパの素材感覚とディテールが凝縮された小宇宙である。サン・マルコ広場の壮麗さに比べれば控えめだが、その密度はきわめて高い。

住所:Piazza San Marco 101
開館時間:季節により異なる
休館日:月など
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://fondoambiente.it/negozio-olivetti-eng

15.コッレール美術館(Museo Correr)

ヴェネチア共和国の記憶を、視覚文化として読む

 サン・マルコ広場に面したコッレール美術館は、ヴェネチア共和国の歴史と都市文化をたどるための美術館である。絵画、彫刻、工芸、地図、資料、王宮空間を通じて、ヴェネチアがどのように自らの歴史とイメージを築いてきたのかを知ることができる。

ヴェネチア共和国の歴史と都市文化をたどるためのコッレール美術館 Photo by Nico Covre

 美術館の起源は、テオドーロ・コッレールが1830年にヴェネチア市へ遺贈したコレクションにさかのぼる。現在の展示は、ナポレオン時代以降の王宮空間、都市史資料、絵画、彫刻、装飾芸術を含み、ヴェネチア共和国の政治、儀礼、生活文化を多面的に伝えている。ここで出会うのは、ひとつの美術ジャンルではなく、都市そのものが自らをどのように表象してきたのかという問いである。

コッレール美術館の内部 Photo by Nico Covre

 アカデミア美術館がヴェネチア絵画の基層を見せる場所だとすれば、コッレール美術館は都市としてのヴェネチアの自己像を見せる場所である。サン・マルコ広場という政治・儀礼・観光の中心に位置することも含め、ヴェネチアを「美術の街」としてだけでなく、「都市表象の舞台」として理解するための入り口となる。

住所:Piazza San Marco 52
開館時間:季節により異なる
休館日:施設情報を要確認
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://correr.visitmuve.it/en/

スポットをどう読むか

 ここで取り上げた15ヶ所をすべて回る必要はない。現代美術の現在形を見たいなら、ピノー・コレクション、プラダ財団、パラッツォ・ディエドへ。20世紀美術と近代美術の流れをたどるなら、ペギー・グッゲンハイム・コレクションとカ・ペザーロへ。ヴェネチア絵画、都市史、古典の空間を知りたいなら、アカデミア美術館、コッレール美術館、パラッツォ・グリマーニへ。工芸、装飾、衣装に関心があるなら、パラッツォ・フォルトゥニー、パラッツォ・モチェニーゴ、ドリス・ヴァン・ノッテン財団へ。水と建築、都市の記憶を考えたいなら、クエリーニ・スタンパリア財団、オリベッティ・ショールーム、オーシャン・スペース、ジョルジョ・チーニ財団が入り口となる。

 ヴェネチアはルネサンス絵画の都市であると同時に、日本美術を含む東西文化の交流と受容を、工芸、素材、空間感覚を通じて読み直すことのできる都市でもある。カ・ペザーロの東洋美術コレクション、スカルパの建築、フォルトゥニーやモチェニーゴのテキスタイルは、その導入のための扉となる。

 この水の都は、ひとつの巨大なアーカイブとして立ち上がる。水、絵画、布、香り、ガラス、石、コレクション、財団、共和国の記憶、そして展示制度。これらが幾重にも重なり合う都市をもう一度歩いてみたい。

編集部