イデオロジカルな歴史の抹消といった暴力行為はもちろん、「中東=東欧」地域では長期化する不安定な戦争状況のなかで、日常生活に空爆をはじめとする暴力が組み込まれてしまった。Lawrence Abu Hamdan(ローレンス・アブ・ハムダン)の《The Diary of a Sky(空の日記)》(2024)では、ベイルート上空におけるイスラエル軍戦闘機とドローンの絶え間ない存在を音で描き出す。かつて自由の象徴であった空は、恐怖、監視、心理的圧力に満ちた空間へと変貌し、戦闘機の飛行音や停電中に鳴る発電機の唸りが暴力の交響曲として空を満たしている。
Saule Suleimenova(サウレ・スレイメノヴァ)《Sky Above Almaty: Qandy Qantar / Bloody January(アルマトイの空:血の一月)》(2022)も、2022年1月にアルマトイで起きた「血の一月(Qandy Qantar)」と呼ばれる民衆蜂起で、国家暴力の象徴となった「血に染まった空」を題材に、カザフスタンにおける集団的・個人的な記憶の構築に焦点を当てている。また、Koka Ramishvili(コカ・ラミシュヴィリ)の《War from My Window(窓から見た戦争)》(1991–92)もジョージアの首都トビリシで起きた内戦下における日常を同時に見つめている。

Bojana Piškur(ボヤナ・ピシュクル)は、進行中のアーカイブ・リサーチ・プロジェクトである《East of East: Trains and the Making of the East(東のさらに東:列車と「東洋」の形成)》(2024–)において、列車をたんなる移動手段ではなく、帝国、戦争、移民、発展を支えるインフラであると同時に、地域の想像力や政治的構築をかたちづくってきた装置として捉えなおそうとする。西ヨーロッパでは鉄道が進歩と産業の象徴だったいっぽうで、東欧、バルカン、中東ではそれが帝国主義と植民地的支配の手段となってきた。このプロジェクトでは、文書、写真、地図、チケット、ポスター、旅行記や個人的な手紙などの多様な資料から、記録を超える、歴史的な「移動する想像力」の地図を描き出すことで、「東洋」という概念がいかにかたちづくられてきたのかを探っている。
同じくインフラへの問いは、Hito Steyerl(ヒト・シュタイエル)の映像インスタレーション《The Leak(リーク/漏出)》(2024)で扱われた「ノルド・ストリーム」のガスパイプラインの歴史とその政治的意味をロードムービー的にたどることで、天然ガスの流通、プロパガンダ、陰謀論のあいだの密接なつながり、そしてシベリアなど先住民居住地における環境破壊の関係性をも浮かび上がらせる。「リーク=漏出」しているのは、ガスだけでなく、情報、影響、そして支配の浸透にもわたっている。




















