文化芸術活動はいかに収益力を強化できるのか? Vol.3 日本フィルハーモニー交響楽団の事例から

多様な文化芸術活動の収益力強化について考え議論する場を提供する、凸版印刷と美術手帖によるプロジェクト「サバイブのむすびめ」。トークイベントの第3回目に登場したのは、日本フィルハーモニー交響楽団(日本フィル)の山岸淳子。演奏会のコラボレーション相手として、落合陽一、WOWの名前が挙がった。モデレーターは事業構想大学院大学特任教授の青山忠靖。

文・撮影=中島良平

トークイベント風景より
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 モデレーターを務める事業構想大学院大学の特任教授、青山忠靖は日本フィルの取り組みに舌を巻く。

 「事業構想のコツって、異なる要素と異なる要素を結合させることだと思います。大きな構造を細かく分解するという方法もひとつありますが、元来の事業内容と異なる業態と結合することによって大きな可能性が生まれます。抽象的に聞こえるかもしれませんが、日本フィルさんによる今回の取り組みはすごく正しいと感じますね」。

青山忠晴

 2020年は緊急事態宣言発令前の2月29日から6月10日まで、演奏会がすべて中止・延期になっただけではなく、団員が集まって練習することもままならなかった。現在は演奏会が再開しているが、やはり客席を50パーセント空けなければならず、それでも満員にするのは難しい現状が続いている。そこで慌てて新たな手を探すのではなく、日本フィルでは2018年よりすでに着手していた新しい取り組みを展開することに成功した。メディアアーティスト落合陽一とビジュアルデザインスタジオWOWとのコラボレーションだ。

 「落合さんと初めて演奏会を開催したのが2018年のことです。『耳で聴かない音楽会』というタイトルで、落合さんがつくられたオーケストラジャケットというウェアラブルデバイスを用いた演奏会を行ったのです。聴覚に障害がある方にも音楽を楽しんでいただこうと考えたことから、企画がスタートしました」。

日本フィルハーモニー交響楽団(日本フィル)の山岸淳子

 音を振動に変換する聴覚補助デバイスの活用から展開するようにして。翌年には最先端のテクノロジーを用いて映像表現の可能性を追求するWOWをメンバーに加え、さらに多角的な音楽体験の提示を試みることになった。音楽を触覚と視覚に変換し、楽しめるコンサートだ。

 「音楽は全身での体験です。音は波動ですから、それを全身で受け止めるように、オーケストラは生の演奏の魅力をそのまま保ちながら、体験する楽しさをアップデートしようと考えました。そこで指揮者の海老原光さんをコアメンバーにお迎えして、WOWさんにも音楽に合わせて映像をつくっていただくのではなく、楽譜の1パートに映像というパートを設け、その場で映像によるライブパフォーマンスを行うプランになりました」。

 コロナ禍の2020年10月、そのコラボレーションはさらに進化し、オンラインとリアルの2本立てで同時に開催する演奏会が開催された。

トークイベント風景より

 舞台上ではストラヴィンスキーの「兵士の物語」などが演奏され、オンラインでは、演奏の音と指揮に合わせてリアルタイムでARの映像が発生する。「試行錯誤する音楽会」のコードネームでオンラインミーティングが進められ、リアルとオンラインの2本のコンサートを完成させる意味を込めて演奏会当日に「双生する音楽会」とタイトルが付けられた。落合陽一とWOWが手がけるAR映像はオンライン配信のみで楽しむことができ、オンラインを活用した取り組みとして、生演奏とオンラインの「共演」も試みた。イギリスやアメリカ、ベトナム、タイなどから演奏者が参加し、舞台上にはスマートフォンを通して各地から演奏された音が生の演奏と響き合う。

 「高解像度の映像を音楽に合わせてただ配信するのではなく、ライブでオンラインとオフラインの2本の演奏会を同時に成功させられたことは奇跡だったと言えます。もしコロナ禍で初めて企画したプロジェクトだったとしたら、ここまでのチャレンジはできなかったと思います。撮影だけでも8kカメラを含む7台のカメラが入り、本番でも映像やオンラインの技術スタッフが100名ほど参加していただいたので、もし依頼制作をしたプロジェクトだったら億を超える予算が必要だったかもしれません。本当に演出家の落合さんとWOWさんのご協力のおかげです」。

トークイベント風景より

 聴覚と触覚と視覚で楽しめる音楽体験をリアルとオンラインで等価値に提供するというビジョンを共有し、双方の料金が6000円に設定された。演奏会場に足を運んだ後にオンラインで鑑賞し、会場からの配信がこのような形になっていたのかと驚きながら楽しんだ感想も寄せられたという。

 「今回はクラウドファンディングを通じて参加してくださった方も多く、リアルと配信と同じぐらいの数の方が鑑賞してくださったので、新しい収益の柱を見つける意味で大きな糧を得ました。落合さんとWOWさんのおかげで新たな観客の方と出会えましたし、コロナ以前の演奏活動に戻れるように頑張るのを大前提としながらも、未来に向けて身体性のある、共感覚による生の音楽体験をどう深めていけるかが今後このプロジェクトを深めるうえでのテーマだと思っています」。

 トーク終了間際には、五感のひとつである味覚と聴覚の結合というアイデアも出た。音楽のマエストロと料理のマエストロのコラボレーションによって、オンラインで音楽鑑賞をしながら、デリバリーされた一流シェフの料理を舌で楽しむ。外出が制限され、密な状況を生み出せないコロナ禍だからこそ生まれたアイデアと言えるかもしれない。実現に期待がふくらむ。