シリーズ:これからの美術館を考える(4)
「学芸員」という概念を解体しよう

5月下旬に政府案として報道された「リーディング・ミュージアム(先進美術館)」構想を発端に、いま、美術館のあり方をめぐる議論が活発化している。そこで美術手帖では、「これからの日本の美術館はどうあるべきか?」をテーマに、様々な視点から美術館の可能性を探る。シリーズ第4回は、東京国立近代美術館や国外の美術館で数々の展覧会を手がけてきた同館主任研究員の保坂健二朗。

文=保坂健二朗

東京国立近代美術館 出典=ウィキメディア・コモンズ

「学芸員」はオールラウンドプレイヤーか?

 ここでリーディング・ミュージアム構想の是非はあえて問わない。正直なところ私は、あれを読んでむしろ、外部の門外漢があのような意見を言いたくなるような雰囲気を日本の美術館が持ってしまっているということなんだと、そしてそのような雰囲気が生まれることを許してきた体制について、自分も含めて関係者は皆、反省すべきだと感じた。

 そこで私はこの場を借りてある提言をしたい。青臭い発言にはなるが、それは次のようにまとめることができる。

① オールラウンドプレイヤーとしての、あるいはジェネラリストとしての「学芸員」という幻想をこの機会に捨てるべきである。

② 学芸員の職務のうち、キュレーションとレジストレーションを分岐させるべきである。

③ 美術館同士のネットワークの基点は、キュレーターではなく、むしろレジストラーであることを認識すべきである(キュレーター同士のネットワークは、美術館同士を結びつけるものではなく、個人的なものである)。

④ 日本の美術館のファシリティの現状を再確認し、レベルアップをはかるべきである。

 ⑤ 美術館は、学芸員と事務方というたったふたつの職種によって構成されている組織であるという認識が、ともすれば美術館の内部にもはびこっている。その認識を是正するべく、美術館は、多種多様な職種を包含する楽しい組織なのだというアピールを対外的にしていくべきである。

 論を進める前に、このようなことを述べようとする私が何者であるかを紹介しておきたい。

 現在私は、勤務先の美術館で、所蔵する絵画(日本画を含む)、彫刻、映像作品の貸出窓口となっている。ポジション名で言えば、絵画彫刻室長となる。私が窓口となる借用依頼(loan request)の数は年間で70件ほど。平均で5日に1件の依頼がくるという計算になる。

 1件あたりに含まれる作品点数は、1点のときもあれば、20点を超えるときもある。また、70件のうち10件ほどが国外からの依頼である。これまでは欧米の美術館がほとんどだったが、ここ2〜3年はアジア・オセアニアからの、具体的にはシンガポール、韓国、オーストラリアからの依頼が増えている。なお、70件のうち5件ほどは途中でキャンセルになる。それまでのやりとりが徒労に終わる、端的に言えば人件費の無駄になるわけだが、キャンセル料を請求することはもちろんない。それどころか、ほとんどのケースにおいて、貸出が成立したとしてもローン・フィーはない。つまり無料だ。

 ここで、おそらく多くの人が疑問を持つのが、貸出の可否をいかに判断するかであろう。それはおおよそ次のようなポイントをチェックすることになる。

① (貴重な)作品を貸し出すにふさわしい内容を持つ展覧会かどうか。

② 自館のコレクション展における使用予定がバッティングしていないか。あるいは、その作品に対して、他のもっと重要そうな展覧会から依頼がくる可能性はないか。

③ 作品の状態は大丈夫か。紙作品(日本画、版画、水彩、素描、写真等)であれば、使用頻度もあわせてチェック。

④ 貸出先の施設に問題はないか、ファシリティ・レポートを取り寄せてチェックする。

⑤ 作品輸送の方法に問題はないか、予定されている輸送会社、梱包の仕様、ルート等を確認する。

 日本のほとんどの美術館の場合、これらすべてを学芸員がチェックする。しかし、よく知られているように、役割分担がはっきりしている欧米の美術館の多くは、異なる(ちなみに現状では、韓国やシンガポールなどアジア圏内の美術館の少なくないところが、この役割分担を採用していて、日本だけが取り残されている感は否めない)。①はキュレーター、③はコンサヴァターかレジストラー、④⑤はレジストラーが担当する。②については、キュレーターあるいはレジストラーのどちらかが確認する内容になるだろう。つまり②~⑤については、レジストラーがすべて判断できるということでもある。したがって、レジストラーの権限は強くなる。貸し出しについてキュレーターがOKと言っても、コンサヴァターやレジストラーがNOということも当然ある。

認知度も認識も低い「レジストラー」

 各職種についてあまり知らない人もいるだろう。それらを、あえて私なりの言葉で定義するならば以下のようになる。

キュレーター:作品、作家、動向、運動、概念を研究し、企画展、コレクション展を問わず、展覧会の企画構成に専念する人。コレクションがある美術館であれば、個々の作品の解釈をアップデートつつ、コレクションに足りないものはなんであるかを見出し、コレクションを豊かにするべく作品収集に携わる人でもある。

レジストラー:美術館にコレクションとして存在する、あるいは美術館に出入りする作品の管理に関わる人。「出入りする作品」には、自館のコレクションだけでなく、外から借用する作品も含まれる。

コンサヴァター(コンサヴェイター):作品の保存修復に関わる人。保存に関わる以上、必要な限りにおいて、建物内の環境の維持にも責任を持つ。

 このなかで、日本国内における認知度も認識も徹底的に低いと言えるのがレジストラーだ。日本の美術館でそれを職種として成立させているのは、金沢21世紀美術館や国立国際美術館くらいだろう。だが金沢はキュレーターとの、国立国際美術館は保存修復担当との兼任ということになっている。また森美術館にも以前いたが、実際には広範なコーディネーター業務も担当していた(ちなみに現在はレジストラーという名前を持つポシジョンはなくなり、コーディネーターがレジストラーの業務も含めて担当している)。

 これに対して、欧米では、美術館や博物館に勤めるレジストラーだけによる団体が組織されているほどに存在感を放っている。

 例えばアメリカには、American Alliance of Museums(AAM)の中にCollection Stewardship Professional Networkという組織がある。これは、Registrar's Committee of the American Alliance of Museums (RC-AAM) ほかの組織が、2017年に統合して誕生したものだ。ちなみに「stewardship」は、管財人といった意味を持つ単語である。レジストレーション(登録)だけが仕事ではないという思いからの改名だろうか。

 英国にはUK Registrars Group(UKRG)が、フランスにはAssociation française des régisseurs d’œuvres d’artがある。また、国を超えた組織として、Association of Registrars and Collections Specialists(ARCS)などがある。その他どのような組織があるかについてはこちらを参照されたい。

 なぜこうした組織があるかといえば、レジストラーの職務においては、情報交換が重要になるからである。梱包方法、より合理的な作品の管理方法、新しい防犯システム、さまざまなことを情報交換し、美術館全体のレベルアップに努めている。いや、モノを管理するという意味では、美術作品であろうと日本でいうところの博物系の作品資料も変わらないので、彼らのネットワークは美術館に限定されないことが多い。その結果、彼らのネットワークは、しばしば蛸壺化しがちなアート界のキュレーターのネットワークに対して、より強靭なものとなる。

 そんな彼らは、業務の簡略化をめざして、ファシリティ・レポート(FR)のフォーマットを作成したりする。FRとは、施設の構造、温湿度管理の方法と状況、消防、警備、組織体制等々について詳細に書かれた書類である。現在もっとも流通しているのはAAM版とUKRG版で、どちらもA4用紙にして25~30枚のヴォリュームになる。というと膨大に感じるだろうが、同一のフォーマットで書かれていれば、どこに何が書いてあるかがすぐわかるし、問題点も(ある場合は)見つけやすいというメリットがあるのでそれほど気にならない。

 日本で、AAMに相当する組織といえば全国美術館会議(全美)になるだろう。ではその中にCollection Stewardshipに相当する部会があるかと言えば、ない。全美の中にもコンサヴァターを中心に組織されている保存研究部会が存在することを考えれば、レジストラーという職務の専門性と重要性がいかに軽視されているかがわかるというものだ。ただし、全美版のFRは存在する。その分量は、A4用紙にして3~5枚程度であるが、ないよりはよい。

ファシリティレベルが低い日本の美術館

 年間70件の貸し出しを処理している私は、名刺にキュレーターと書いてあったとしても、また外部から借用する作品の管理をしていなかったとしても、事実上のレジストラーであると思う。そして、その自覚を持ちつつ、国際的スタンダードに注意しながら処理を続けるなかでわかったことは、日本にある美術館のうち、少なくないところにおいて、ファシリティのレベルが低いということである。そう感じる代表的な事例をふたつほど挙げてみよう。

① 警備員がいない美術館が相当数ある。警備員がいたとしても、選定や採用の際に、資格、すなわち施設警備業務検定2級以上、雑踏警備業務2級以上、警備員指導教育責任者(1号業務又は2号業務)を条件に入れていないところもある。

② 温湿度のコントロールを含む建物監理を学芸員が担わされているケースが結構ある。

 ①について言えば、美術館という施設に、実際のところ施設警備業務の有資格者の選任が義務づけられているわけではない。義務づけられているのは、空港や、核燃料や原子炉を有しているような施設だ。これについて関心のある方は「警備員の検定等に関する規則」(平成17年国家公安委員会規則第20号)を参照されたい。

 とはいうものの、では、何も資格を持っていない警備員だけで、警備の質を確保できるのだろうか。美術館で公開されている作品の保険総評価額は、相当なものとなるはずである。また、そもそもそれらの作品は、代替物のない文化財がほとんどである。となれば、警備の質を最大限に高めるべく、適当な資格を有する人を任ずるべきではないか?

 ②について言えば、床面積が3000平米を超える特定建築物でなければ建築物環境衛生管理技術者の有資格者を選任する必要はない。だから、小規模美術館の場合、美術館に関わる業務を知悉しているはずの学芸員が兼務するようになっていて当然だという意見があるだろう。だが、美術館というのは、恒温恒湿であることを高い精度で守らなければならない特殊な施設なのである。美術史を専門とする者がほとんどである学芸員が片手間でできる類の内容では本来ない。

 私は目下、相手の学芸員に嫌われるのを覚悟して、また展覧会準備中の学芸員にこうした「些末」なことを問い合わせることを申し訳なく思いつつ、借用依頼があると、「警備員に有資格者はいるか?」とか、「温湿度が設定値を外れた場合、それはどのように検知され、またその時の対処方法はどうなっているか?」といったことを問い合わせている。すると意外なことに、時には感謝の言葉が返ってくるのだ。曰く、内部で改善を要求してもなかなか話が通らなかったが、外部(とりわけ、展覧会の運営において重要な借用先)から問題点を指摘されるや否や「それはまずい」となって改善の方向に向かっているとのこと……。

 このエピソードが示唆するのは、ファシリティの問題を正しく把捉する知識を持ったうえで相手側のキュレーターに嫌われる可能性があろうともその確認と改善を要求することのできる立場の人、すなわちレジストラーの必要性だけではない。それは結局、(とりわけ小規模の)美術館においては、職務が学芸員と事務方とのふたつに分かれるために、たとえ望んでいなかったとしても対立の構図が生まれやすいということを教えてくれてもいると私は思う。そして、楽観的に過ぎるかもしれないが、学芸員という職種を解体することで、この対立をなきものとできるのではないかと考える。

 実際、欧米では、たとえ小規模の美術館であろうと、役割分担ははっきりとしている。たとえば、ペーター・ツムトーア(ピーター・ズントー)の建築で知られるブレゲンツ美術館(オーストリア)は、1名のディレクターがキュレーションを行い、それを1名のキュレーターが、事実上は展覧会マネージャーとしてサポートし、それとは別にレジストラーやアドミニストレーションやエデュケーションのスタッフがいるという組織体制になっている。たくさんの専門家が助け合いひとつの展覧会をつくっているという雰囲気は、とても楽しそうで、それはおのずと美術館の活動にも滲み出ている。

 なおブレゲンツの場合、展覧会の企画はディレクター一人に完全に委ねられることになるが、そのかわり厳格な任期制になっていて、私物化、固着化することはない。また新しいディレクターは後継者指名のように行われるのもでなければ、内部の人によって働きやすい人が選ばれるのでもなく、外部の有識者によって構成される国際委員会によってリストが作成されるとのことで、「フレッシュさ」や「斬新さ」を保つための工夫がなされているというわけである。

ブレゲンツ美術館 出典=ウィキメディア・コモンズ

「学芸員」という概念を解体しよう

 日本でこの種の議論がうまくいかないのは、結局のところ、レジストラーを新設するとなると、現在の財政状況では人員の「純増」は認められないから「学芸員」を減らさなければならず、しかしその決断は自分たち学芸員にはなかなかできないからだろう。その気持ちはよくわかる。とくに、長く学芸員として働いてきた人ほど、新しい職種を認めるのは自己否定にも似た気持ちがつきまとうことだろう。ほとんど理系のコンサヴァターなら専門外だからその必要性を認められるかもしれないが、作品管理を専門とするレジストラーとなると、「それなら自分もキュレーションのかたわらやってきた」という思いになるだろう。

 邪推だろうか。だが、そろそろ現実を見据えたほうがよいことは間違いない。学芸員をオールラウンドプレイヤーとして位置づけ、そのガラパゴス的な特殊性を専門性であると自分に対しても他人に対しても偽り続けることはもうやめにしたほうがよい。レジストラーでもいい、コーディネーターでも展覧会マネージャーでもいい、新たな職種を新設し、「学芸員」という概念を解体しよう。そうしないかぎり、つまり学芸員の職務をよりキュレーションに特化する工夫をしない限り、国際的な視野を醸成するための精神的・時間的余裕など持てるはずもない(なお、たとえ日本の近代や日本画が専門だったとしても、国際的な視野は当然ながら必要だ)。また、学芸員/事務方という対立構造や、その間に生じがちなヒエラルキーを回避し、美術館の中にいきいきとした雰囲気を生み出すことも難しいだろう。

 外部から突然頓珍漢なリーディング・ミュージアム構想を突きつけられることなどないようなプレゼンスを、どのようにしたらこの国の美術館は持てるようになるのか、それを真剣に改めて議論すべき時期に、今私たちは直面している。