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INSIGHT - 2019.5.15

学芸員は名前が出せない?
美術館の(奇妙な)現状を探る

美術館で展覧会の企画や研究を担う学芸員。その個人名をめぐり、SNSで議論が巻き起こっている。学芸員の個人名を積極的に出したがらない日本の風潮はどこから来るのか? 学芸員は現状に対してどのような思いを抱いているのか?

イメージ画像 Photo by Anna Sullivan on Unsplash

個人名を出さない風潮

 発端はひとつのtweetだった。岐阜県現代陶芸美術館館長・高橋秀治が、三重県立美術館の「担当学芸員によるギャラリートークを開催します」という投稿に対し「外部講師だけでなく担当学芸員も名前を出して欲しい。自分が勤務する美術館でもそうだけど、学芸員は名前を出したがらない人が多いと思う。美術館の財産でもある学芸員を各美術館がもっと売り出しましょうよ。学芸員の顔が見える美術館に」と引用RT(なお三重県立美術館は、「学芸室だより」というリレー形式のエッセイで、早くから各学芸員の名前を掲載してきたことは明らかにしておきたい)。

 これについて、和歌山県立近代美術館学芸員の青木加苗が「学芸員が名前を出さないのは、出さないのじゃなくて、出せないということなんですよ。『ただの一般行政職の一公務員が、なんでえらそうに名前なんて出すんだ』っていう。図録の論考に著者名を載せることさえ未だ許されない館があるという現実」とtweetした(このtweetは2000以上「いいね」されている)。

 日本の美術館では、学芸員個人の名前が出る機会はそこまで多くはない。もちろん、展覧会の図録や紀要、あるいは新聞や雑誌、ウェブメディアなど外部媒体で執筆した文章にはその名前が載ることは一般的だ。しかし、上述のギャラリートークの告知などでは「担当学芸員」とされ、個人名が出ることはむしろ珍しい。

 都内の公立美術館に勤務するある学芸員はこう語った。「(学芸員の名前は)出したくないのではなく、日本の美術館では個人が前に出ないような風潮があると思います。私自身内覧会の挨拶で学芸員が前に立たないのは変だなあと思っていて、館内で発言したこともありますが、真に受け取られずスルーでした」。

 栃木県立美術館の学芸員・志田康宏は「(学芸員の名前は)どんどん出すべき。チラシの隅にでも『監修=〇〇』くらいの表記をしていいと思っています」と話す。「その理由は、現状の名前を出さない慣習は『責任を取りたくない』ように見えてしまうところにあるからです。展覧会に欠点があるのなら学芸員が表立って批判を受けるべきです。大学教員のように、研究者としての責任の所在を明確にすべきだと思います」。

 名前を出すことでのメリットについて、このような意見もある。

 「担当学芸員」の名前が出ないのは、こうしたギャラリートークなどの場だけではない。美術館のウェブサイトでも館自体の「About」や、展覧会紹介ページに担当学芸員の個人名が掲載されることは稀だ。実際、担当学芸員を検索しようとしてもどこにも名前出てこない、というケースは多々ある。人の姿が見えにくいのだ。

 太田市美術館・図書館の学芸員・小金沢智は、「展覧会担当学芸員の名前くらい自館ホームページや展示会場に出したほうがいいんじゃないかと思うこともある」としながら、いっぽうで「特定の個人が前に出ることを良しとしない役所的発想がある」と現実を語る。

スタッフ紹介が手厚い海外の美術館

 ここでいったん目線を海外に移してみたい。たとえば、ニューヨークのグッゲンハイム美術館では、「ABOUT」のページに「STAFF」のメニューが有り、キュレーターはもちろんのこと、エデュケーターまでその名前が明記され、それぞれのリンクからは詳細ページを見ることができる。

グッゲンハイム美術館のキュレーター紹介ページ

 同じくニューヨークのメトロポリタン美術館も、(ややわかりにくい場所ではあるが)「Meet the Staff」ページがあり、そこにはキュレーターをはじめ、在籍するスタッフの名前とプロフィールが確認できる。

メトロポリタン美術館のウェブサイトより

 レンブラント作品の所蔵で知られるアムステルダム国立美術館は、組織図だけでなく、スタッフページを画像付きで用意。執筆実績まで掲載するという手厚い内容だ。

アムステルダム国立美術館のウェブサイトより

専門職としての学芸員に敬意を

 もちろん、これらの美術館はどれも巨大であり、ウェブサイトに割ける資金も比較的潤沢であるため、日本の美術館の比較対象としてはやや飛躍しすぎているかもしれない。だが、学芸員を含むスタッフを敬うその姿勢は見習うべき点があるのではないだろうか。

 京都工芸繊維大学准教授・平芳幸浩はこうtweetしている。

 平芳が言う「組織がスタッフ全員をヒューマンリソースとしてとらえる意識」は、日本の美術館ではまだまだ低いと言わざるを得ないだろう。

 上述の和歌山県立近代美術館学芸員・青木はこう語る。「美術館の学芸員はなぜ研究者個人として認められにくいのか。根っこの部分では、美術を学問的な対象として認める素地が、この社会にはまだ育っていないということがあるように思います(いっぽうで目利きや鑑定はもてはやす風潮)。その点において、ヨーロッパにおける研究対象としての美術、そしてそれを蓄積し、それ自体が歴史を編む存在となる自覚を持ったミュージアムのあり方の違いを、ドイツの美術館で調査をすることが多い私はひしひしと感じます」。

 博物館法に詳しい東京藝術大学大学美術館准教授・熊澤弘は、学芸員が公務員である場合の身分保障の重要性について説く。「学芸員という専門家が敬意と共に尊重されるのは必須ですが、身分保障も同時に重要です。彼らの多くの場合、公立の博物館・美術館を所管する教育委員会部局等所属の公務員であり、公務員として雇用されています。公務員としてジェネラルに仕事を行う重要性は否定しませんが、博物館・美術館学芸員には、その専門性を発揮するに相応しい立場を保証しながら仕事をしてもらったほうが公共の利益となるはずです」。

 いっぽうで、名前を出すことについてはネガティブな影響も考えられる。プライバシー保護の問題だ。広島市現代美術館副館長などを歴任してきた小松崎拓男は「専門家である学芸員の名前は出して行くべきだ」としながら、こう意見する。「ギャラリートークなど一般の人に近い距離で接する場合、良からぬ目的で個人目当てのストーキングや、クレーマーに館職員の個人名を晒してしまう可能性もあります。業績の確立した専門家としての学芸員であれば問題は少ないのですが、職員としての学芸員の場合は慎重を期す必要もあります」。

 また、冒頭の岐阜県現代陶芸美術館館長・高橋も、「なんでも名前を出せば良いと考えているわけでもありません」と語る。「学芸員によっては名前が売れていて、勤務する美術館の仕事を後回しにして、外部の仕事に精を出すような人もいると思われますし。自分の研究に関することには名前にこだわるが、トークや教育普及事業になると出したがらないという内なる基準を持った学芸員もいますし。この名前問題は美術館博物館が置かれてる状況で、様々な意見があります」。

美術館界に変化の兆し?

 このような状況のなか、美術館には変化の兆しも見られる。熊本市現代美術館では、館長以下、総務スタッフまで氏名を公開。また、先ごろリニューアルオープンを迎えた福岡市美術館にも、「学芸員等専門スタッフ」として分野ごとのスタッフが記載され、詳細ページでは担当展覧会や論文、報告書などの業績を見ることができる。館長の紹介ページすらない美術館もあるなか、これは画期的な事例だ。

熊本市現代美術館のウェブサイトより
福岡市美術館のウェブサイトより

 最後に、全国美術館会議が策定した、「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」を参照してみたい。全国美術館会議は、日本全国にある約400の国公私立美術館が加盟する美術館のネットワーク。「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」は、同会議が2017年5月25日の第66回全国美術館会議総会で採択したもので、美術館のあるべき姿を示した11の原則と、それに対応する美術館関係者の11の行動指針が定められている。

 注目したいのは、このなかにある「行動指針7:調査研究」だ。このなかで全国美術館会議は、「調査研究は個人的な業績の蓄積と美術館活動の厚みとが重層する領域」であるとし、「研究発表の機会は、研究成果の広く公開された形である展覧会は言うに及ばず、図録をはじめ学術誌や新聞雑誌への執筆、講演やギャラリートーク等の口頭発表など多様にある」と記述。「このことを、設置者をはじめとする美術館に携わる者はよく理解して、円滑に質の高い研究を進め、美術館への社会的信頼を高めることを目指すべき」だと謳っている。

 この行動原則と指針が誕生してもうすぐ2年が経つ。美術館を取り巻く状況は、少しずつでも変わるタイミングではないだろうか。