シリーズ:これからの美術館を考える(3)
美術館がとるべきアート市場活性化との距離感とは?

5月下旬に政府案として報道された「リーディング・ミュージアム(先進美術館)」構想を発端に、いま、美術館のあり方をめぐる議論が活発化している。そこで美術手帖では、「これからの日本の美術館はどうあるべきか?」をテーマに、様々な視点から美術館の可能性を探る。第3回は長年、金沢21世紀美術館でキュレーターを務め、第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館で岩崎貴宏の個展キュレーションした鷲田めるろ。

文=鷲田めるろ

アート・バーゼル香港2018で展示された遠藤利克《Void – Wooden Boat, Hong Kong, 2009》(2018)

アート・バーゼル香港2018で展示された遠藤利克《Void – Wooden Boat, Hong Kong, 2009》(2018)

 今年度(2018年度)文化庁は、「アート市場活性化事業」を予算化した。美術館による日本人作家および作品に関する研究や、展覧会・論文による評価、海外への発信などが事業内容である。

 私は、日本のアート市場の活性化を望む。なぜなら、アーティストの制作費、キュレーターの調査研究費、展覧会の制作費、作品や資料の収集費と保存管理費といった美術館活動のための資金があまりに不足しているからである。たとえそれがマネーゲームにすぎないとしても、日本のアート市場が活性化することで資金不足は改善し、もっと余裕をもって様々な取り組みができるだろう。

 同じ理由で、日本政府が美術館での研究や展覧会開催を支援することは歓迎する。では、アート市場活性化のために、美術館の研究を国が支援することは、二重によいことなのだろうか。

アート・バーゼル香港2018の様子

アート市場活性化と美術館における研究との関係

 市場はグローバルである。日本株式市場における日本株の売買の約7割は海外投資機関による。税制を変えるなどして日本政府が日本人による作品購入を促したとしてもそれは長期的な計画で、日本のアート市場活性化は、短期的にはアメリカ合衆国(以下、アメリカ)や中国、イギリスの投資家が日本の市場で日本の美術を買うことを意味する。文化庁が日本のアート市場活性化のために「日本美術の国際的な価値向上」(*1)を目指すのはそのためであろう。

 また、美術館は巨大であるほど「評価軸」(*2)の役割を果たすことができる。文化庁は日本の美術館が「評価軸」の役割を担うことを目指すが、IT革命でアメリカや中国にリードを許す現在の世界経済の下で、すぐに日本がニューヨーク近代美術館や香港のM+(エムプラス、2019年開館予定)などと同規模の美術館を持つことは考えづらい。そこでアート市場活性化のために日本が取るべきは、日本の美術の研究に資本を集中し、「評価軸」としてのアメリカや香港などの美術館に向けて情報を提供する、サプライヤーとしてのニッチ戦略ということになる。

ニューヨーク近代美術館の中庭の様子 出典=ウィキメディア・コモンズ

政治と文化との関係

 ここでふたつの問題が生じる。ひとつは、調査研究や展覧会の開催という、文化的・教育的役割を担う美術館が本来行うべき事業が、政府の経済戦略と合致してしまうという問題である。

 日本は第二次世界大戦後、政治と文化を切り離す方針を取ってきた。これは戦前に文化と政治が結びついたことに対する反省からである。他方、アメリカは第二次世界大戦後、抽象表現主義やポップ・アートを擁護し、美術の主導権を巡ってフランスと激しい争いを繰り広げた(*3)。

 これには合衆国政府だけでなくニューヨーク近代美術館も関与していた。ニューヨーク近代美術館は1929年の開館以来「キュビスムと抽象芸術」展、「近代建築」展、「初期の近代建築」展など、当初からヨーロッパに対するアメリカの優位を訴える展覧会を開催してきた(*4)。そして現在、香港ではM+という巨大美術館を準備中であり、アメリカに対抗しようとしている(*5)。

 現在の日本政府は、「文化経済戦略」として文化に投資することによって経済活性化を目指している。このことは、戦後、政治と文化を切り離す努力をしてきた日本において、文化を政治目的に利用することを意味する。当たり前のように文化が政治利用され、しかし同時にアート市場が活性化し、研究資金も豊富なアメリカや中国を相手にしながら、日本の美術館がいかに政治と距離を取るかが問題となる。

 ただし、日本における美術館と政治経済との接近は、アート市場に関することだけではない。コミュニティの再活性化やジェントリフィケーションといった都市政策や、観光という経済政策を美術館が抱え込む事例はすでに多く、共通の問題を抱えている。

日本最大級のアートフェア「アートフェア東京2018」の様子

海外への作品の移動

 ふたつ目は、作品の移動の問題である。アメリカのコレクターが日本の美術品を購入した場合、作品はアメリカへ移動する。この移動を経済面から見れば輸出となり「インバウンド増」(*6)となる。ただし、これは美術作品を自動車や化粧品と同様に消費財ととらえた場合である。作品を貴金属のような投資対象ととらえるならば、購入後の価値上昇による転売時の差益、あるいは含み益は、アメリカへ流出することになる。

 そして文化面から見れば、この移動は作品の海外流出ともとらえられる。文化庁の検討資料に「文化財防衛」(*7)とあり、作品を海外へ売りつつも優れた作品は国内に留めたいという考えを読み取ることができる。しかし、この目的は、一見文化的に見えて、日本が国際社会においてプレゼンスを高めるという政治経済的なものである。国家間の文化財の返還も政治的パフォーマンスであることが多い。

 本来、研究に国境はなく、アメリカには優れた美術館も多い。永久的な保管と公開を前提とし、研究やアーカイブ体制が充実しているようなアメリカの美術館に、研究体制の貧弱な日本から作品が渡ることで研究が進展する場合もあるだろう。同時にそれはアメリカの文化戦略に資することでもあるという自覚は持ちながら、研究の発展を優先するという判断もありうる。

 このふたつの問題は一概にどちらがよいという結論があるわけではない。美術館は、政治との関係を断って清貧を貫くのではなく、また、政治との関係に無自覚に資金を得るのでもなく、ときにはしたたかに政府の戦略を利用しつつ、いっぽうで政治との距離を取りながら、必要に応じて日本と海外を軽やかに横断して、文化や研究のために最善の選択肢をその時々に選びとってゆくほかはないだろう。

脚注
*1ーー文化庁資料「アート市場の活性化に向けて」(2018年4月17日、11ページ)
*2ーー文化庁資料「アート市場の活性化に向けて」(2018年4月17日、7ページ)
*3ーー池上裕子『越境と覇権:ロバート・ラウシェンバーグと戦後アメリカ美術の世界的台頭』(三元社、2015年)
*4ーーMary Anne Staniszewski, The Power of Display: A History of Exhibition Installations at the Museum of Modern Art, MIT Press, 1998
*5ーー未来投資会議構造改革徹底推進会合 「地域経済・インフラ会合」(中小企業・観光・スポーツ・文化等) (第4回)における御立尚資の発言ではM+を比較例として挙げている。同議事要旨、40頁
*6ーー文化庁資料「アート市場の活性化に向けて」(2018年4月17日、11ページ)
*7ーー文化庁資料「アート市場の活性化に向けて」(2018年4月17日、11ページ)