労働者としてのアーティストによる社会変革の実践
ベトナム戦争で政治意識が高揚した1969年から71年にかけて、アーティスト、批評家、キュレーターなどがニューヨークで結成したアートワーカーズ(芸術労働者)連合(AWC)は、アーティストの権利向上や人種的多様性などを美術館に求めて、集会や抗議活動を行った。本書は、アートワーカーズ連合やその分派の活動に関わったアーティストや批評家4人を取り上げて、自らをアートワーカーと見なしたアーティストや批評家が芸術を労働としてとらえ、いかに社会変革の実践に取り組んだかを考察した研究である。
著者によれば、カール・アンドレは自らを労働者や職人と重ね合わせて、そのフラットな作品に反ヒエラルキー的な政治的含意を込めていた。ロバート・モリスは展覧会で労働者との繋がりを示しつつも、労働者の反革命的な性格が明らかとなると展覧会を中止してAWC分派のアート・ストライキの活動に加わった。ルーシー・リパードは、AWCに参加し、小説の執筆を通してフェミニズムに関心を持ち、女性の作品やクラフトに目を向けていった。ハンス・ハーケは、AWCとの関わりから美術館を考察の対象に据え、制度批評を展開していった。
興味深いのは、アーティストの多くが、作品から伝統的な意味での労働を取り除こうとしていたにもかかわらず、アートワーカーの名のもとに団結したこと、そして、アーティストと実際の労働者とのあいだには齟齬や軋轢があったことである。著者はそこにアートワーカーという概念のアンビヴァレントな性質を見出す。それでもなお、アートワーカーの活動は、様々な文化組織や組合の結成を促し、美術館の社会包摂的機能を高めると同時に、芸術の政治的な可能性を可視化した点で大きな意義があったと著者は述べる。
原著の刊行は2009年で、日本語版への序文にあるように、現在なら、著名な白人のアーティスト・批評家だけでなく、人種的平等を訴えたフェイス・リンゴールドなども詳しく論じられるだろう。しかし、本書が提起した問題は些かも古びていない。今日、芸術の政治的な意義と役割は再び注目を集めている。世界的にはソーシャリー・エンゲイジド・アートが盛んとなり、BLM運動やウクライナ戦争・ガザ危機が関心を呼び、日本でも、アーティストの権利や労働環境、地球環境や反戦などが議論されている。本書は現在の情勢に対する芸術の関与を考えるうえで大いに助けとなるだろう。
(『美術手帖』2024年7月号、「BOOK」より)