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山本浩貴(いぬのせなか座)の『新たな距離』から『ヴァナキュラー・アートの民俗学』『被災物』まで。『美術手帖』2024年7月号ブックリスト

新着のアート本を紹介する『美術手帖』のBOOKコーナー。2024年7月号では、山本浩貴(いぬのせなか座)の『新たな距離 言語表現を酷使する(ための)レイアウト』から論集『ヴァナキュラー・アートの民俗学』、『被災物 モノ語りは増殖する』まで、注目の8冊をお届けする。

文=中島水緒(美術批評)+青木識至(美術史学)

批評の「風景」 ジョン・バージャー選集

 2017年に逝去したイギリスの美術評論家の著作集。ルネサンス絵画からキュビスムまで、古今の優れた芸術作品が時代のなかで果たした役割を的確に整理するほか、バージャーの思考スタイルに影響を与えたベンヤミン、ブレヒト、ジョイスらの仕事を再考。私的な経験を交えた記述は小説風で親しみやすいが、そこには激動の世紀に起こった政治的事象への眼差しも折り込まれている。2003年のパレスチナ探訪記は、当地の政治状況と歴史を目の前の風景から読み取る観察力が秀逸。(中島)

ジョン・バージャー=著
トム・オヴァートン=編
山田美明=訳
草思社 3500円+税

近代都市と絵画 パリからニューヨークへ

 近代美術は都市環境と密接な結びつきを持つ。例えば19世紀末、セーヌ県知事のオスマンが進めた大規模な都市改造計画は街並みを大きく変え、モネやルノワールといった印象派の画家たちはそれらの風景にいちはやく反応した。そのほか人々が雑多に行き交う広場を「無秩序」な筆触で表象したボナール、ニューヨークの高層ビルに都市の魅力の総体を反映したオキーフなど、本書には風景と表象の照応を表現した画家たちが登場する。異彩を放つのは、河原温「Today」シリーズの時制に注目した桝田倫広による論考。(中島)

坂上桂子=編
水声社 4000円+税

ヴァナキュラー・アートの民俗学

 ただの「レンガ壁」、ただの「折り紙遊び」と侮るなかれ。自発的なブリコラージュとして紡がれた「普通の人びと」の創造的な生活がそこにある。本書は、民俗学に「アート」という研究ジャンルを画定しようとする共同研究の成果である。各論では、慎ましやかな日々の暮らしに息づく、非公式で、非専門的な創作活動の価値がことほがれ、それらを見定めるための理論的な視座が、具体的な実践の分析から考察されている。分野を横断する執筆陣の多様な記述は、ありふれた日常世界の営みを、より豊かに素描するための出発点となるかもしれない。(青木)

菅豊=編
東京大学出版会 6200円+税

陳澄波を探して 消された台湾画家の謎

 日本統治時代の台湾で近代美術の発展に大きく貢献した画家の陳澄波。その優れた功績にもかかわらず、彼の名が歴史に刻まれることはなかった。戦後の台湾を舞台に、うだつが上がらない古風な絵描きの阿政と、彼の恋人で新聞記者の方燕は、来歴不明の古びた絵画の修復依頼をきっかけに、歴史から消された偉大な芸術家の数奇な人生と巡り合う。芸術と政治が複雑に絡み合う時代に失われた物語を、歴史小説の形式によって鮮やかに回復しようとする本書の試みは、二重の意味で修復の物語と言える。訳者の考え抜かれた翻訳にも注目したい。(青木)

柯宗明=著 栖来ひかり=訳
岩波書店 3000円+税

新たな距離 言語表現を酷使する(ための)レイアウト

 「いぬのせなか座」の主宰者であり、実験的なテキストを生産する批評家としてコアな読者を獲得してきた著者による待望の初単著。著者の言葉によれば、「言語表現」とは「生を共同で組み換えるための実験場」だという。その定義を踏まえ、保坂和志や大江健三郎の小説技法を精緻に分析するほか、「表現主体」という前提を問い直すような作品/テキストを残した荒川修作や宮川淳の仕事を検討。安易な要約を拒む難解な文体だが、本書にはあらゆる形式の「制作」に応用しうる思考法が随所に散りばめられている。(中島)

山本浩貴=著
フィルムアート社 3400円+税

被災物 モノ語りは増殖する

  宮城県気仙沼市のリアス・アーク美術館には、大津波を経験した「被災物/モノ」が、学芸員の「モノ語り」とともに展示されている。本書は、作家の姜信子が、展示に対する応答の「場」として企画した「被災物ワークショップ」の記録である。「モノ=者=物」たちに刻まれた記憶は、未曽有の災禍に巻き込まれ、未完となった無名のナラティヴに目を向けさせるが、本書が強調するのは、「モノ」に突き動かされるまま、おのおのが自分自身の「モノ語り」を響かせることの価値である。ならば、本書の取組みに、私たちはどのように応答できるのだろうか。(青木)

姜信子、山内宏泰、志賀理江子ほか=著
かたばみ書房 3500円+税

マンガ・アニメ展のデザイン

 マンガ・アニメの展示を数多く担ってきた著者が手がけた、企画・キュレーション・展示構成の具体的な事例を公開。見せる目的でつくられていない中間制作物といえる原画等を美術館で「いかに展示するか」に焦点を当て、その実践に基づく知見や方法論を公開している。今後ますます拡大するであろう、美術館などの文化施設におけるマンガ・アニメ展の制作の基礎資料となる良書。(編集部)

森川嘉一郎=著
イースト・プレス 2800円+税

パンクの系譜学

 パンクの思想と実践を紹介して大きな話題となり、現在でも全国を巡回中の「Punk!The Revolution of Everyday Life」展。その企画者が、展示の実践と並行して執筆した一冊。音楽のムーブメントのみならず、芸術運動を含んだ社会運動体としてその系譜をつなぐ軽快な手さばきは、抑圧と疎外を被ってきた周縁のシーンにも届いている。読者に行動を促すその熱量も魅力。(編集部)

川上幸之介=著 
書肆侃侃房 2600円+税

『美術手帖』2024年7月号、「BOOK」より)

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