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書評:モダニズム批評の呪縛を超えて。加治屋健司『絵画の解放 カラーフィールド絵画と20世紀アメリカ文化』

雑誌『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート本を紹介。2024年1月号は、加治屋健司『絵画の解放 カラーフィールド絵画と20世紀アメリカ文化』を取り上げる。「本邦初のカラーフィールド絵画の専門書であり、欧米の現代美術史を専門とする著者の長年の集大成である」本書には、どのような特徴そして功績が見受けられるのか。美術批評・中島水緖が書評する。

文=中島水緖(美術批評)

モダニズム批評の呪縛を超えて

 1950~70年代のアメリカ現代美術はモダニズム批評の強い影響下のもとで長らく論じられてきた。抽象表現主義、そしてその後続の世代によって実践されたカラーフィールド絵画はその最たる例であり、モダニズム批評の代表格であるクレメント・グリーンバーグやマイケル・フリードの名を抜きにして語ることはできない。

 本邦初のカラーフィールド絵画の専門書であり、欧米の現代美術史を専門とする著者の長年の集大成である本書は、上記の前提を踏まえながら、モダニズムのくびきから作品を「放」することをひとつの動機として書かれた。モダニズムに限らない多様な美術批評がいかにとどのように連動し、受容されてきたのか。本書の最大の功績は、有名無名を問わず様々な者の論考・展覧会評・発言などを精査し、狭義の「美術」の裾野を広げてカラーフィールド画の豊かな解釈を引き出したことだろう。

 考察の軸となるのは、ヘレン・フランケンサーラー、モーリス・ルイス、ケネス・ノーランド、ジュールズ・オリツキー、フランク・ステラという5人の画家である。5人の画家はカラーフィールド絵画という一様式に自閉せず、その作品が異なる動向をつなぐ一種の「媒介項」として機能した点が共通していたように見受けられる。なかでも興味深いのは、グリーンバーグがフランケンサーラーらカラーフィールド絵画の画家との交流を通じてポロックの絵画の「染み込み」に注目し、有名な「視覚的イリュージョン」の概念を発展させたとする記述である。ここにはいわば、カラーフィールド絵画の持つ特性が先行世代の評価に折り返されるという作品–言説間の双方向的な影響関係が活写されているのだ。

 多様な解釈を引き出したのは、モダニズム批評よりもむしろ大衆の要請に沿った周縁的ジャンルとの結びつきを指摘する言説のほうかもしれない。例えば、スライド・プロジェクターのような映写機器、もしくは観客を包み込む映画のワイドスクリーンとカラーフィールド絵画の視覚体験の類似を指摘する説。また、1970年代には個人邸宅の壁面を飾るインテリア・デザインとしてカラーフィールド絵画が歓迎されたという。図版を見るかぎりでも、カラーフィールド絵画の巨大キャンバスが室内に鎮座する様子はなかなかに壮観だ。

 等閑視されがちな大衆芸術との関連は、作品受容の幅と質を変えうる可能性をも示唆する(もっとも、作品が良き趣味の装飾として消費される危うさも同時に考えていく必要があるが)。絵画を「解放」するのがほかならぬ受容者の物差しであり、異なる評価基準の混じり合う土壌であることを、本書は教えてくれる。

『美術手帖』2024年1月号、「BOOK」より)

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