コードが絡み合ったままなぞって読み解く
美術の調査・研究において作家と作家の関係から何かを導くことは根本的に困難である。どれほど調査を尽くしても、当時、作家たちのなかで巻き起こった議論やおしゃべりは残されていないのに、そこから重要なことが始まったことは目に見えて明らかなように思えるからだ。そもそも、人と人との関係性は、いくつもの様相のなかで複雑に絡み合い、ひとつの線として語ることは難しい。
本書はこのような難しい課題に果敢に取り組んだものである。具体美術協会という、延べメンバー数が40名を超え、15年以上も活動が続いた巨大な前衛美術グループは、一次資料が豊富であったことや、作品が大きな散逸を免れ、比較的まとまって美術館に収蔵されたこと、それ故に、調査・研究が早い段階からあらゆる角度でなされてきた。そのようなグループにおいてさえ、メンバー間の関係性に着目した論点はほとんど見られなかった。つまり、本書はアーティストコレクティブやコラボレーションといった、昨今散見される方法論について、どのように考えていくかという問いへのメルクマールとなりうる。
しかし、その方法論はシンプルである。本書は筆者による田中敦子の作品分析のほかに、具体のメンバーであり、私生活ではパートナーであった金山明の作品の変遷、リーダーの吉原治良の「具体」観がいかに醸成されてきたかといった、彼女の周縁の記述でまとめられている。田中の具体加入は、偶然の蓄積の上にある選択だったかもしれないが、やがて作品と作家が分かちがたく結びつく状況について再検証することで、彼女の作品の必然性はいったいどこにあるのかを導いてゆく。
著者は多くの具体メンバーの作品を収蔵する芦屋市立美術博物館にて1993年から2011年まで学芸員として勤務し、2001年には田中の初回顧展となる「田中敦子 未知の美の探求1954-2000」を担当した。それゆえに、田中の作品分析は徹底的かつ実践的で、再制作や塗料の同定といった保存と修復というアクチュアルな問題にもふれられている。
田中の電気を必要とする作品──《電気服》や《ベル》が平面作品へと収まってゆくとき、彼女が見つけた円と線というモチーフは、つながり合うことで発光することを示す回路図や配線図のみならず、人と人とのつながりでいかほどにも変わる環境や状況、あるいは一個人の人生をも含意するものに映るのだ。
(『美術手帖』2023年7月号、「BOOK」より)