戦後美術の試金石としての具体
具体をどのように評価するか。いっぽうで初期の実験的なアクションや野外展を重視し、ハプニングの先駆者として評価する立場があり、他方でアンフォルメル運動の指導者ミシェル・タピエとの邂逅から顕著になる特性、つまり絵画を中心とする画家集団として評価する立場がある。この評価の分裂は、戦後美術を展望するうえで反芸術と抽象絵画という2つの大きな潮流と結びつくため具体にとどまらないきわめて重要な問題と言える。
では、具体が解散して50年が経過した時期に刊行された本書はどのような立場を示すのか。アクションをはじめとする初期の様々な試みが絵画にフィードバックされる、つまり2つの立場の接点を探りつつも絵画の可能性として具体を評価するという視座を本書は提示する。だが本書によれば、具体の絵画の可能性は、様式史のように歴史の連続という観点からではとらえられないという。むしろ断絶としてとらえ、意味論における転換という別の次元の変化にこそ、その可能性を見出している。本書で試みられているパースの記号論を用いた絵画分析は、具体における個別作品の研究を今後進めていくうえでもひとつの方途となりうるだろう。
また、本書の主張は、現在主流の研究動向に対して対立軸を示すものである。中国系カナダ人研究者のミン・ティアンポは、2011年に『GUTAI:周縁からの挑戦』を刊行し、13年に「具体:素晴らしい遊び場」展(グッゲンハイム美術館、NY)をアレクサンドラ・モンローと共同企画することで、具体の現在の国際的な評価において決定的な役割を果たした。ティアンポは、欧米中心のモダニズムを「脱中心化」すべく、エドワード・サイードのオリエンタリズム批判をさらに乗り越える実践としてトランスナショナルな分析を行う。だが、本書は、非西洋におけるオリジナリティとして初期のアクション、野外展、児童美術との関係、『具体』誌などに注目するティアンポの手法を、具体の絵画の意義を覆い隠す一種のオリエンタリズムとして機能していると批判する。
具体の絵画をモダニズム美術の文脈から再評価するという本書の立場は、著者が80年代後半に『A&C』誌で連載した頃から一貫している。この立場には、具体がアンフォルメルの追従と見なされるのではないかという懸念がなおもつきまとうが、アンフォルメルに対する再評価の考察も含め、著者の長年にわたる研究の蓄積と学芸員としての経験に根ざした作品分析が説得力を生んでいる。
(『美術手帖』2023年4月号、「BOOK」より)